第93話 包囲(上)
俺が住んでいる家に、ミリネが越して来て三日が過ぎた。
なぜか以前のようにしゃべらない彼女に、俺は戸惑っていた。
『剣と盾亭』に住んでたときは、お互い普通に話していたから、なんでこうなったか分からない。
ミリネが学園に入ってから、こうなった訳だから、もしかすると彼女に恋人でもできたのかもしれない。
そう思うと、何かが胸につかえるような気がした。
前にもこんな気持ちになったことがるような……。
まあ、いいか!
それより、『黒狼』だっけ? そいつらの心配をしなくちゃ。
寝床でそんなことを考えていると、なかなか寝つけない。
寝返りでベッドの上を何往復したか分からない。
ここのところ家から出られないから、部屋でゴロゴロしている。それで、よけいに眠気が遠ざかってるのかもしれない。
「グレン、起きて!」
部屋の扉が勢いよく開き、灯りの魔道具を手にしたミリネが入ってくる。
ネグリジェのような薄い生地を通し、彼女の身体が透けて見え、俺は思わず背を向けてしまった。
「すぐに外出の用意をして!
急いでっ!」
「ど、どういうこと?」
「結界が破られたの!
とにかく急いで!」
彼女の左手には、赤い宝石が載っていて、ボウっと内側から光るそれは、点滅を繰り返していた。
何かの魔道具に違いない。
「分かった!」
ミリネが早足で部屋から出ていったので、慌てて冒険者服の上下に着替える。
寝ていたピュウを起こし、半ば無理やり肩にとまらせる。
お金を入れた小さな革袋を掴むと、ミリネの部屋へ急いだ。
ちょうど部屋から出てきた彼女は、学院の黒いローブを羽織っていた。
彼女は、ものも言わず、俺が物置に使っている部屋に入っていく。
「そっちは……」
出口じゃない、と言おうとしたが、とりあえずミリネの後について物置部屋に入る。
彼女は、なぜか木窓を大きく開け放った後、部屋の隅に置かれた台をすっと横に滑らせた。台の上には、かなり重そうな胸から上の銅像があったから、ちょっと驚く。
台が動いた後には、黒い穴が口を開けていた。
右手に灯りの魔道具を掲げたミリネは、ためらいなく穴に入っていく。
「台を元に戻して!」
首だけ振り向いた彼女が、囁くような声でそう言った。
穴に体を入れ台を見上げると、それは中が空っぽで、道理でミリネが軽々と動かせたわけだ。
穴の縁が隠れるよう、台を動かしておく。
それが終わると同時に辺りが暗くなる。ミリネが階段を降りたのだ。
それを追いかけようとして蹴つまずき、危なく転げ落ちそうになる。
足音からすると、ミリネはずっと下まで降りてるらしい。
転ばないよう慎重に降りる。
頭上から、何かが壊れるような音と、人の叫び声が聞こえてくる。
なにこれ!
ホントにヤバかったの!?
完全な闇の中、俺は手探りで階段を降りていった。




