第89話 ピクニック(上)
その朝、戸口を叩く音で、俺は目が覚めた。
「もう!
せっかく気持ちよく二度寝したところなのに、いったい誰だよ!」
ベッドから降り、玄関へ行く。
「おい、グレン、起きろ!
私だ!
ルシルだ!」
ルシル校長か。あの人、他人の迷惑なんか考えそうにないもんな。
扉を開けると、やはりそこには、緑髪をツインテールにしたエルフの美少女が立っていた。
驚いたことに、彼女の後ろには、ミリネがいる。
ミリネは、なぜかこちらに背中を向けていた。
「何をしている?
早く中へ入れろ」
「こんな朝早くからどうしたんです?」
「今日は天気もいいし、ピクニックに行くぞ」
「ええっ!?
こんな早くからですか?」
「ピクニックは早朝出発と決まっておるだろうが。
とにかく早く中へ入れろ。
そして、さっさと用意しろ」
「はいはい、分かりましたよ」
ルシル校長は、俺を押しのけ家に入ってくる。
ここが彼女の家でなきゃ、抗議の一つもしたいところだ。
玄関入ってすぐの部屋に置かれた、来客用のソファーに二人が座ったので、俺は自分の部屋に戻り、冒険者用の動きやすい上下に着替える。
部屋の隅に作った止まり木でウトウトしていたピュウを肩に乗せる。
冒険者用の服は、肩の所に茶色い革を当て、ピュウが爪を立てても破けないよう工夫してある。
客間に入ると、お茶の香りがする。
ルシル校長とミリネは、お茶を飲みながら、魔術の話をしていた。
「ええと、俺のお茶は?」
「甘えるな。
欲しいなら自分でいれろ。
だいたい、これは私が秘蔵している茶葉だ」
へいへい、そうですか。
「不服そうだな。
お茶を飲んだらすぐに出発するぞ」
「どこにです?」
「前に知らせておいた場所があっただろう」
「えーと、知りませんが?」
「馬鹿を言え!
この家を案内してやったとき、魔術関係の本と一緒に手紙を渡しただろうが」
ああ、そういえば、覚えがある。
だけど、本は覚えてるけど、手紙なんてあったっけ?
「ああ、あれの事ですか。
ちょっと待ってください」
俺一人しか住んでいないから、荷物置き場となっている小部屋に入り、積み重ねた荷物から、目的のものを引っ張りだす。
茶色い布包みを開くと、本が四冊と地図らしきもの、そして確かに手紙が入っていた。
あー、そう言えば、これ、後で読もうと思って忘れてたよ。
とにかく、それを包みなおし、客間に持っていく。
テーブルの上に置かれた布包みを目にしたルシル校長が、厳しい声で言った。
「お前、まさか、中身を見てもないのか?」
「い、いや、一応見ましたよ、一応」
「では、手紙に何が書いてあった?」
「ええと、何でしたっけ?」
「ふざけるのもたいがいにしろ!
練習場所の事が書いてあったろうが!」
「練習場所?」
「あー、もういい!
どうりでいくら待っても来ないはずだ!」
「待つって俺を?」
「そ、それは今はいい……。
とにかく、今日行くのは、この場所だ」
ルシル校長の指は、地図らしきものの上に置かれていた。
「さあ、お茶も飲んだことだし、行くぞ」
この人、強引だねえ。
だけど、ここに来てから、ミリネが一言もしゃべっていない。
どうしたんだろう?




