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第51話 壁際


「な、なんだ、こいつ!」


 コルテスが必死でヤツの動きを停めようとするが、彼の体はまるで重さが無いかのように引きずられていた。

 間近に迫った人の姿をしたモンスターが、その体に刺さった槍をものともせず、血で赤黒く染まった手を叩きつけてくる。

 短剣で受けたが、腕に凄い衝撃があり足が浮く。

 地面との接触が絶たれた俺の体は、木の葉のように宙を舞った。


「がっ!」

「ぐっ!」


 二人の後衛を巻き込みながら、かなりの距離を弾き飛ばされた。

 俺にぶつかった衝撃で化けものに刺さっていた槍が抜けたのだろう、通路の壁際に槍を持ったコルテスが倒れている。

 

「ひいっ!」


 リンダが悲鳴を上げ、安全部屋へ駆け込む。

 そちらに目を向けた化けものが、彼女の後を追った。


「キャーっ!」

「イヤーっ!」

「く、来るなっ!」


 部屋の中で待機していた生徒たちが上げる、悲鳴が聞こえてくる。

 慌てて安全部屋に駆け込む。

 化けものは、すでに部屋の中央まで進んでおり、奥の壁際に生徒たちが身を寄せあっていた。

 

「ケケケケケ」


 例の声が響くと、生徒たちの悲鳴が高くなった。

 さすがに冒険者学校の生徒だけあって、数人は剣やワンド、弓を構えている。

 化けものに向け、火の玉と矢が飛んだ。


 バスッ

 グサッ


 何発かは化けものの体に命中したが、何事もなかったように、ヤツは生徒たちに近づいていく。

 俺はその背後から近づき、心臓を狙って短剣を突き立てた。

  

 カチッ


 ヤツの肋骨らしきものに刃が当たったのか、そんな音がした。

 今ので心臓を貫いたはずだ。

 ところが、ヤツはくるりと振り返り、その右手を叩きつけてきた。

 

 予想していなかった攻撃に、手が短剣の柄から離れる。

 俺は素手でヤツと向かい合うことになった。



 ◇ - ザラート -


 第四層に降りると、右手の通路から只ならぬ気配が伝わってきた。

 悲鳴やうめき声も聞こえてくる。

 そちらへ向け、全速力で通路を駆ける。

 

 右手に安全部屋が見えてくる。

 その前の通路にコルテス少年の姿があった。

 彼は壁に背をつけ座っていたが、こちらに気がつくと、ヨロヨロと立ちあがった。


「先生!

 化けもの、化けものが部屋の中に――」


「分かった!

 立たなくていい。

 座ってじっとしていろ!」


「イニス様を、イニスをお願いします!」


「ああ、任せろ!」


 安全部屋に飛び込むと、部屋の中央辺りに赤黒い人型のモンスターと向きあう、一人の生徒がいた。

 彼とモンスターの間に割って入る。


 そして、そのモンスターの血のように紅い目を見た時、こいつこそ第一階層の惨劇を引きおこした元凶だと直感した。

 武器を持たないソレは、標的をこちらに代え、殴りかかってくる。

 スピードも技術もない、ただの打撃だ。

 余裕をもって短剣でそれを受ける。

 しかし、腕から伝わってくる衝撃は、今まで経験したことのないものだった。

 

 紙屑のように弾きとばされ、壁に叩きつけられる。


「がはっ!」


 肺の空気が全部吐きだされた。

 朦朧とする意識の中で、紅い目のモンスターと向きあう少年の姿が見えた。  

 


 



 


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