第27話 乱闘
次の階へ降りる。
すでに自分が何階層にいるか分からなくなっている俺に、目的はなかった。
とにかくダンジョンを下へ向かう。
それだけだ。
通路の角を曲がろうとすると、野太い男の声が聞こえてきた。
「じゃ、行くぜ」
俺の前をいかにも高そうな装備の四人パーティが横切る。
先頭のごつい男が、絨毯を丸めたようなものを担いでいた。
あんな大きなものもモンスターからドロップするのかな？
「ちはー！」
大型の盾を持つ最後尾の男が、そう言ってキザったらしく二本指を振った。
その時、挙げた手の下から、男が持つ盾に刻まれた紋章が見えた。
あの紋章、どこかで見たことがあるぞ。
どこだろう。
四人パーティは、その後姿がダンジョンの薄暗がりに溶けかかっている。
あっ！
ミリネだ！
彼女が高級レストランで座ってた時、横に立てかけてあった盾だ。
ミリネは、あのパーティとダンジョンに行くと言っていた。
彼女はどこにいるのか？
俺はすでに姿が見えなくなった四人を、追いかけ始めた。
◇
「シッ！
あんたたち、動くんじゃないよ！」
盗賊役の女性が急に立ちどまる。
「どうした？」
ボリスは落ち着いたものだ。
「誰か着けてくるよ」
なにで判断しているのか、盗賊の女はそう断言した。
「さっきすれ違った小僧じゃねえのか？」
「あんたが挨拶なんかするからよ」
魔術師の女性が口を尖らす。
「いや、挨拶しない方が怪しまれるっしょ」
盾役の男が言い返す。
「着けてくるのは人間みたい。
ボリス、どうする？」
盗賊の女性はリーダーの判断にゆだねたようだ。
「そうだな、俺たちを疑ってるようなら殺すが、まずは様子見だな」
四人は一糸乱れぬ動きで、追跡者に対して前に剣士と盾、後ろに魔術師と盗賊という隊形をとった。
この辺、さすがにベテラン冒険者だ。
前方から来る足音が大きくなり、闇が生み出すように一人の少年が現われた。
全身が黒褐色という軽装は、見慣れないものだった。
彼が黒髪であることが、珍しさを増していた。
先に口を開いたのは少年だった。
「あのー、ちょっとお尋ねしますが？」
「なんだ？」
少年を大した脅威ではないと見たボリスの言葉は横柄なものだった。
「ミリネという獣人の子を探しているんですが」
この瞬間ボリスに取ってこの少年は、警戒する相手から始末する相手へと一瞬で変わった。
少女は「ミスト」と名乗っていたはずだが、油断できない。
「獣人？
知らんな。
下層にいるんじゃないか？」
そう言いながら彼の右手が左腰の剣にじわじわ近づく。
「そんな少女、知らないよ」
少年は、探している獣人が「少女」であると言った、盾を持つ男の失言を咎めなかった。
そのかわり、剣を抜きかけたボリスの右手を、スパンと切り落とす。
盾役の男が遅まきながら、大盾でボリスを守ろうとする。
少年の行動は、彼の予想を裏切るものだった。
正面から盾にぶつかってきたのだ。
突進するオークが衝突した以上の衝撃に、盾役は持った盾ごと後ろに倒される。
少年は盾を踏みつけ、後衛に切り掛かる。
慌てた魔術師の女性が、魔術の詠唱に失敗する横で、ダガーを持った盗賊の右手が宙を舞った。
少年は、その勢いのまま、魔術師の女に肩をぶつける。
詠唱中の女はふっとばされ、頭を壁に打ちつけ、そのままずるずると崩れ落ちた。
起き上がり、少年の背後から剣で襲い掛かろうとした盾役の男が悲鳴を上げる。
「ぐわっ！」
黒いフクロウが盾役の目を引き裂いたのだ。
少年が余裕をもって振り下ろした刀は、盾役の腕から手首を切り離した。
悲鳴を上げる三人には目もくれず、少年は地面に置かれた布束を解く。
その中から、目を閉じ震えている獣人の少女が現われた。
