第26話 赤い剣
どれほど戦っただろうか。
はっと気がついた時、俺は何階層か分からないボス部屋の前にいた。
手には血まみれのショートソードがある。
ダンジョンの明かりで自分の体を見ると、全身に血がつき、ドロドロになっていた。
そして、顔を上げると、音を立て目の前の扉が開いた。
闇を払う明かりが灯ると、部屋の中央辺りに大きな敵が現われた。
身長が二メートルほどのそれは、豚のような顔をしていた。
おそらくオークだろう。
革鎧を身に着け、抜き身の剣を持っている。
剣はロングソードだろうが、ヤツが持つとナイフにしか見えなかった。
どうみても、慎重に対処するべき相手だ。
しかし、俺は正面からモンスターに切りかかった。
モンスターの剣と俺の剣がしのぎを削る。
大柄の割に力が弱いのか、俺はオークを押していた。
ヤツが後ろによろめく。
それを隙と見た俺は、正面上段から切りかかった。
オークは意外な身のこなしを見せ、半身を開き、剣先をこちらに伸ばしてくる。
ヤツの剣の方が先にこちらへ届きそうだ。
死を覚悟した時、オークの体がぐらりと揺れた。
ヤツの剣は俺の頬を切り割いた。
俺の剣はヤツの首筋から入り、胸の辺りで止まっていた。
オークがゆらりとぶれて消える前に、その片目が切り裂かれているのに気づいた。
「ピュウ!」
鳴き声がすると、小さな黒いフクロウが舞い降り、左肩にとまる。
「ピュウ!
助けてくれたの?」
フクロウは、初めてその頭を撫でさせてくれた。
◇ ― ミリネ ―
「ここは、何階層ですか?」
「今さっきのが、二十層のボス部屋だね。
オークだから」
盗賊の女性が、答えてくれる。
「ミリネ、本当は荷物持ちが階層も数えるんだよ」
「す、すみません」
「まあいいけどね」
そう言うと、彼女はニヤニヤ笑った。
粘っこい目つきは、私が今まで知らないタイプだ。
「近くにモンスターが湧かない部屋があるから、そこで休憩するぞ。
まだ先は長いからな」
パーティリーダーのボリスさんが声を掛け、私たち五人は通路を少し歩き、右手の部屋に入った。
「あれ?
楯さんは?」
なぜか、盾役の男は本名を名乗らず、自分の事を「盾」と呼ぶように言った。
ボリスさん以外は、みんなそうだった。
「ああ、アイツはモンスターが来たときのための見張り役だ」
「魔術師さんも?」
「ああ、アイツも見張りだよ。
通路は左右見張らねえといけねえからな」
「勉強になります」
「ははは、そうかそうか。
まあ、とりあえず座れ」
ボリスが敷いた布の上に腰を下ろした私は、盗賊さんが淹れてくれたお茶を飲んだ。
「ちょっと苦いですね」
「ははは、疲れを取る薬草がはいってるからな」
「な、なるほ、ど」
あれ、どうしたんだろう。
上手くしゃべれない。
「効いてきたようだね」
盗賊さんが、ニヤリと笑う。
「よし、いつもの手順でやるぞ」
横たわった私ごと、敷布が巻かれていく。
顔ごと布で巻かれた私は、何も見えなくなった。
「そいつの頭が出ねえよう用心しな」
誰かの足音がする。
「この娘っ子を売りゃあ金貨一枚ってんですから、止められませんやね」
それは楯さんの声だった。
パーティ『赤い剣』全員で私をダマしていたようだ。
「じゃ、行くぜ」
担ぎあげられた私には絶望しか残っていなかった。




