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第178話 舞台裏

 


 あの戦いの後、ワーロックの町にある『翡翠亭』で五日ほどゆっくりした後、俺たちは、駅馬車でテラコスの街まで帰ってきた。コレンティン王国の西、辺境の地にある小さな街は、以前見たとおり何も変わっていなかった。

 ただ、「俺たち」といっても、ついこの間までにくらべると、その数はずっと減っている。

 この世界に来て最初にお世話になった『剣と盾亭』は、看板娘のミリネがいなくなって寂しくなった分、新しい働き手であるケットシーラ族の姉妹キャンとセリナが、ミリネの穴をうめようと健気に働いている。

 それというのも、ここに帰ってからずっと、ゴリアテが使いものにならないからだ。

 しょげ切って少し猫背になった彼は、二回りも小さくなったように見える。食堂の隅の席でため息をついては、陰気な顔で酒をあおっている。

 仕方ないので、セリナが調理担当、俺がその手伝いと雑務、キャンがホール担当でがんばっている。

 

 昼のかき入れ時だというのに空席が目立つ食堂へ、土鈴を鳴らし二人の友人が入ってきた。


「『冒険者定食』二つ!」


 席に着くなり、調理場のセリナに向け声を掛けたルークが、テーブルの食器を片づけにかかった俺に話しかける。


「で、ボクたちの話、考えてくれた?」

「グレン、ねえ、いいじゃない、『絆』に入ってよ!」


 ルークと、その隣に座るリンダが、毎度のセリフを口にする。

 どうしても俺を彼らのパーティに入れたいらしい。

 毎日ここに来ては、こうして勧誘してくるのだ。


「グレン、《《常連さん》》の相手してあげてくれる?」


 料理を盛った皿を手に、ちょうど横を通りかかったキャンが、ウインクしながらそうささやく。

 俺は雑巾を手にしたまま、木製の長椅子に座った。


「その話、何度もことわっただろう」


 わざと作った仏頂面も、彼らには効果がない。


「そんなこと言わないでよ!

 友達が困ってるんだから、助けてくれてもいいじゃない!」


 そう言うリンダと、ルーク、二人だけになった『絆』は、ほとんどの討伐依頼が受けられなくなり、毎日採集依頼ばかりこなしている。 


「頼むよ、このままじゃ、冒険者廃業ってことになりかねない」


 ルークの言いたいことは分かる。盗賊のリンダ、剣士のルークだけだと、パーティとしてバランスが悪いからね。不器用ながら前衛と後衛の両方ができる俺に手伝ってほしいんだろう。


「あの戦いで、せっかく銀ランクになったのに、これじゃあ意味がないよ!」


 ルークが握り拳でテーブルをドンと叩く。


「しかし、ラディクって凄いよな」


 俺の言葉にリンダが過剰に反応する。


「すんごくカッコよかったよね!

 こう、金色の剣で、シュバッ、シュバッって!」


 興奮して手を振りまわす彼女に、ちょっと引いてしまう。


「いや、俺が言ってるのは、彼の計画というか作戦だよ」


「むぐむぐ、ああ、それはボクも思った!

 いったい、どうやったらあんなこと考えつくんだろう!」


 ちょうどキャンが持ってきた定食の皿から、肉のかけらを口へ放りこみ、ルークが言葉を続けた。


「コレンティン王国の軍はともかく、獣人国の軍は、逃げた前王ガオゥンを追いかけてたんだよね」


「あれ聞いた時、私もホント驚いたよ!

 獣人国は、てっきり、勇者を応援してるのかと思ったよ。

 白ローブたちも、きっとそう思っただろうね。

 だけど、本当は、エルフ軍も、逃げたミリネのお母さんを捕まえるために西の関へ集まったんだよね。

 まあ、それに関しては、《《私たちも》》活躍したんだけど」


「ルーク、リンダ、あの時はホント助かったよ、ありがとう。

 だけど、三国の国王と女王に、白ローブたちの危険性を分からせる、って作戦だったんだよね。

 勇者って、ホント凄いよ」


 これは、俺の本音だ。

 

「結局、エルフの国は、教会の数を減らしたみたいだし、獣人国は、信者を監視する役所を作ったみたいだしね」


 ルークが食事を口にかきこみながら、器用に話す。

 そんな話をしているうちに、昼食を食べおえた客が出ていき、食堂は俺たち三人だけとなった。片隅で酔いつぶれているゴリアテは数に入れない。

 キャンとセリナも俺たちのテーブルに着き、まかないを食べた後、お茶を飲んでいる。


「だけど、グオゥン陛下はガオゥンさんを、リューレ女王陛下はフォーレさんを追いかけてたんでしょ?

 なんでそれがうやむやになったのかな?」


 キャンが疑問を口にする。

 そういえばそうだな。なんで、ガオゥンとフォーレを捕まえなかったんだろう? 


「それはな、お主のせいじゃよ」


 この声は――。


「ルシル! ……師匠!

 どうしてここへ?」


「わざとらしく師匠をつけるんじゃない!

 どうせ、ゴリアテの事だから、しなびたゴブリンみたいになってると思ってな。

 笑いに来たのじゃ。

 案の定じゃな」


 ゴリアテは、テーブルに顔を着けたまま、起きているのか寝ているのか分からない、濁った眼でルシルの方を見ている。


「やはり、落ちこんでおったの。

 ルシル、賭けはワシの勝ちだの」


 ルシルの後から、白ひげの賢者マールが入ってくる。


「まったくいまいましいじじいだよ、あんたは!」


 ルシルは、あんなことを言いながら、ゴリアテが元気な方に賭けていたらしい。


「あっ!」


 俺が声を上げたのは、マールの肩にフクロウがとまっていたからだ。


「ピュウ?」


 小さな《《白い》》フクロウが宙を舞うと、俺の肩に止まる。

 間違いない。色は黒から白に変わってるけど、やっぱりピュウだ!


「ピュウ殿には、研究に協力していただいたのだよ。

 五十年、いや、百年は研究が進んだわい、ほほほほ!」


 あいかわらずだな、この爺さんは!

 ピュウが俺の頬に頭を擦りつけてくる。

 そんな彼の頭を撫でてやった。


「あー、お腹減った!」


 そんな声がして、食堂に入ってきたのは――。


「「コルテス、イニス!!」」


 ルークとリンダの声が揃う。


「あ、あんたたち、どうしてここに?」


 リンダの疑問は当然だ。コルテスはともかく、イニスは一国の王女なんだから。


「ふふふ、ママが許してくれたんだ!

 しばらく冒険者を続けてもいいって」


 イニスはすごく嬉しそうだな。コルテスが肩をすくめてるのは、また、わがまま王女の世話をしなくちゃいけないからだな。


「グレン、元気にしてたかい?」


 軽い口調で彼らの後ろから、入ってきたのは――。


「「「勇者ラディク!」」」


「おいおい、グレン、ルーク、リンダ、今さら、『勇者』なんて呼ばないでよ」 


「でも――」


 言いかけた俺の口が開いたままになる。

 ラディクに続き食堂へ入ってきたのは、エルフの美女フォーレ、獣人の大男ガオゥン、そして、彼らの娘ミリネだった。



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