第174話 決戦の地(7)
狂ったように笑う白ローブたちを目にして、ルシルとマールがよろよろ立ちあがる。
「だ、大丈夫ですか?」
どう見ても顔色の悪い二人に声をかける。
「グレン、ここは私たちに任せて、お主、ミリネたちを連れて逃げろ!」
ルシルが厳しい声でそう言ったが、彼女の両脚は生まれたての小鹿っぽく震えている。
「うむ、嬢ちゃんの言うとおりだの。
お主には、ミリネたちを任せよう!」
マールも同じ考えか。
「それはできない!
あんたたちだけじゃ、ヤツらを食いとめることはできないはずだ」
これは適当に言っているわけではない。かつてコレンティン王国の都で、『秘薬』とやらを飲んだ白ローブと戦った時、やつらは十人ほどしかいなかったが、それでも『剣と盾』の四人には、それほど余裕はなかった。その何十倍も敵がいる状況で、なんとかなるとは思えなかった。
「グレン!
師匠の命令が聞けないなら破門するぞ!」
「上等だ!
こっちは、伊達に【中二病】なんて恥ずかしいスキル背負ってんじゃねえんだ!
俺も戦う!」
強がってるけど、半分やけっぱちです。
「来るぞ!」
ゴリアテの叫び声でルシルがワンドを掲げる。
マールは杖を地面に立てた。
その前に立ったゴリアテが、青く光る大盾を構える。
白ローブから飛んできた火の玉がいくつか、地面からせり上がった土の壁に阻まれる。マールの魔術だろう。
壁の上と横から抜けてきた火の玉が、軌道を変えゴリアテの盾に命中する。
ゴゴゴゴゴーン!
「ぐあっ!」
踏んばるゴリアテの口から、苦しそうな声が洩れる。
数発が俺たちの頭上を越え、ミリネたちが乗る客車へ向かう。
キーン!
そんな音がすると、ドーム状の氷が客車をすっぽり覆った。それが火の玉を受けとめている。
透きとおった氷の壁を通して、青いワンドを頭上に掲げたフォーレと、その前に仁王立ちするガオゥンが見えた。
どうやら、客車はミリネの両親にまかせておけばいいらしい。
あれ、俺、大口叩いたのに、何もできないんじゃないの?
ゴパン!
そんな音がして土の壁に穴が開く。
そこから顔を出したのは、紅い目をギラつかせた黒いドラゴンだった。
なんでだよ!
死んでなかったのかよ、コイツ!
ていうか、どうすんのこれ!?
「グレン!
しっかりするんだ!
なにか方法を考えるんだ!」
いつの間にか、俺の横に『絆』の四人が立っていた。
「ルーク!
どうして来たんだよ、みんな!」
「ボクたちにも、できることがあるからだ!
グレン、ダンジョンの時、君は絶望的な状況をなんとかしてみせた!
なにができるか、考えるんだ!」
ルークはそう言うと、ぐらつき始めたゴリアテに駆けより、背中を両手で支えた。
イニス、リンダ、コルテスがそれに加わる。
だけど、この状態でゴリアテの所までドラゴンが来たら……。
グバンッ!
紅い目のドラゴンが、土の壁をはね飛ばし全身を現す。
駆けよったラディクが、金色の剣で巨体に切りつけるが、切り口からは血も出ず、一瞬で修復されていく。
ヤツの口が大きく開き、その中にチロチロと燃える炎が見えた。
「くう!
ここまでか!」
ラディクからそんな声が聞こえてきた。
ドラゴンの口が大きく開くと、そこに見えるまっ赤な炎が球状に膨れあがった。
「ぶっ飛べ!」
俺のスキルは巨体の胸の辺りに命中したが、ヤツは少しぐらついただけで、首を後ろへ引いた。
「ドラゴンブレスだ……。
みんなすまない……」
吐きだされかけた炎を背景にラディクがこちらを振りかえり、少し寂しそうに笑った。
ドゴーン!
そんな音がして、紅い目のドラゴンが地面に倒れる。
その口から噴きだした炎の帯は、空を赤く染め消えていった。
どういうこと?
『我が子よ、久しぶりだな』
紅い目のドラゴンより、二回りは大きな漆黒のドラゴンがそこにいた。
それは、この異世界に召喚されたとき、俺を生んだドラゴンだった。
「ドラゴンママ!
どうしてここへ?」
「お前の兄が、お前の危機を知らせてくれたのだ」
「えっ?
兄?」
『頭の上を見よ』
ドラゴンママの頭には、小さな黒いフクロウがとまっていた。
「ピュウ!」
ピュウが羽ばたき宙を舞うと、俺の肩にとまった。
「ええと、ピュウが俺のお兄さん?」
『そんなのんびりしておってよいのか?
あやつ、まだ死んでおらぬぞ』
地面に倒れていた紅い目のドラゴンが、ゆっくり起きあがる。
「ぐはっ!」
背後からそんな声が聞こえる。
振りむくと、客車を覆っていた氷のドームがぼろぼろになっており、体が黒焦げになったガオゥンが両腕を広げ立っていた。
その足元には、フォーレが倒れている。
慌てて駆けよる。
「フォーレさん、ガオゥンさん!
大丈夫ですか?!」
巨大な獣人は、立ったまま動かない。
体の表面が炭のようになったガオゥンは、息をしているように見えなかった。
そして、フォーレは、緑だった髪の色がまっ白になっていた。
「ミ、ミリネ、ミリ……」
虚ろな目が客車に向けられている。
客車の窓からは、目を大きく開き、口を手で押さえたミリネの顔が見えた。
「ミ、ミリネ……」
フォーレは、最後に吐きだした息で娘の名を呼ぶと、それきり動かなくなった。




