第173話 決戦の地(6)
紅い目をしたドラゴンは、その黒い巨体を揺すりながら、白ローブを喰いちらかしている。
そうなってなお、白ローブたちは、なぜか逃げまどうだけで、ドラゴンと戦おうとしなかった。
ルシルの長い詠唱が終わり、ゴリアテが手にする大きな盾が青く光ると、彼はその端を地面に突きたて、両足を大きく開き、どっしりと構えた。
マールの杖から白い煙のようなものが噴きだし、それが宙を漂うと、ドラゴンの顔を覆った。
ギャオウウウウ!
ドラゴンの紅い目がこちらへ向く。
「みんな、盾の後ろへ!」
ラディクの合図で、ルシル、マール、俺がゴリアテの背後へ回る。
「来るぞ!」
グギャウッ!
ドラゴンが頭を下げると、ものすごい勢いで突進してきた。
ドゴーン!
ドラゴンの巨体と、ゴリアテが構える大盾が正面から激突した。
ただ、さっきとは違い、ゴリアテが突きとばされるようなことはなかった。
彼の全身の筋肉が異様に膨らんでいる。
その体がうっすら白く輝いているから、彼自身も何か魔術を使っているのかもしれない。
ギギギギギ
硬いウロコと盾の金属がしのぎをけずっているのだろう、ドラゴンを受けとめている大盾から、そんな音がする。
グゥオオオオオ!
ドラゴンの体に金色の線が縦横に走ると、ヤツはニ三歩後ずさり、そんな声で咆えた。
「くうっ!
ただの魔獣なら、これで終わるんだけどね」
姿が消えていたラディクが、金色に光る剣を手に現れる。
どうやら、彼の剣がドラゴンを切りきざんだらしい。
「ヤツはまだ終わらん!
グレン、ヤツをひき離せ!」
相変わらず、ルシルの注文は無茶だよな。
俺は右腕をドラゴンへ伸ばすと、それに左手を添え、右手の人差し指と中指を立てた。
「ぶっ飛べ!」
ゴンッ!
巨体のどまん中に命中した俺のスキルは、ドラゴンの胸から黒く変色したウロコを何枚が弾きとばした。
衝撃で宙に浮いたドラゴンが、三十メートル以上飛んで頭から地面へ落ち、ごろごろと転がる。
白ローブが数人、それに巻きこまれ、紙クズのように宙を舞った。
「よくやったぞ!
でかいのをお見舞いしてやる」
ルシルが黒いワンドを振りあげる。
「偉大なる火の大精霊クンマーよ!
我が願いに応えて太陽の力を地上に顕現せしめよ!
【業火招来】!」
意外に短い詠唱は、ワンドの先に小さな火の玉を生んだ。
ルシルがワンドを振ると、その玉が、のたうっているドラゴンへ飛んでいく。
そして、ドラゴンの胸の辺りにぶつかった途端、火がふくれあがり、巨大な火球となった。
ドラゴンがその火球に呑みこまれ、その姿が見えなくなる。
それは、まるで地上に太陽が生まれたかのような光景だった。
「高貴なる土の大精霊ポーロンクよ、我が願いに応えて大地の力を地上に顕現せしめよ!
【大地のゆりかご】!」
マールの呪文で、土地が盛りあがり、巨大な火球をその中へ閉じこめてしまった。
うわっ、凶悪な合わせ技だな、こりゃ!
土のドームは、中が溶鉱炉のようになってるだろうから、さぞこんがり焼けるだろう。
これは決まったね!
魔力が尽きたのか、ルシルは地面に片膝を着き、マールは腰を落とした。
シューッ!
そんな音を立て、土のドームから、水蒸気が上がりだす。
そして、このタイミングで絶対に聞きたくないものが、聞こえてきた。
「秘薬を飲め!」
白ローブの中から、そんな声が上がったのだ。
ヤツらの一人が袖から毒々しい紫色のポーションが入ったビンを取りだし、それを飲みほすのが見えた。
それに続き、白ローブたちが、次々とポーションをあおる。
「「「きゃはははははは!」」」
狂気の笑い声が、あちこちから上がり、まるで全員が一つの意思を持ったかのように、その声が重なった。
……これ、さっきよりやばくないか?




