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第16話 門番の心配

 ダンジョン都市として有名なクレタンは、テレンスから東に馬車で二日の位置にある。

 都市の規模はそれほど大きくないが、それは元々小さな村だったところにダンジョンができ、そこから発展してきたという歴史があるからだ。

 ダンジョンが生まれてからまだ十年余り、街はこれからさらに発展するだろう。


 この街にはダンジョン目当ての冒険者が多く、つまり、それは荒くれ者が集まっているということでもある。

 東西南北に一つずつある街の門には門番がいて、お尋ね者や盗賊の類が街に入らないよう見張っている。

 

 ジンバルは、街が小さかった時から十年近く門番をしているベテランだ。

 彼が見張る西の門は、今日も一日何事もなく過ぎた。

 空を飛ぶ黒い影を見つけるまでは。

 その影は、沈む夕日を背景にみるみる大きくなってきた。


「お、おいっ! 嘘だろう! なにかの間違いだよな!」


 自分をごまかそうとしても、次第に大きくなるそのシルエットはある魔物にまちがいない。


「おい、ちょとこっちへ来い!」


 休憩所の中にいる若い門番に声を掛ける。

 

「あれ? もう門を閉める時間ですか? まだ日没まで少し時間があるみたいですけど」


「あれを見ろ!」


 ジンバルが指さす先を若い門番が見た。


「なんか大きな鳥がいますね」


「お前は馬鹿か! あれはドラゴンだ!」


「ええっ!? でもこの辺にはドラゴンのなんてないんでしょ?」


「ああ、ドラゴンはレッドマウンテンの辺りに棲んでいるって言われてる」


「やっぱり大きな鳥じゃないんですか?」


「見たことあるんだよ」


「えっ?」


「ガキの頃、行商するオヤジに連れられて、山岳地帯の麓にある街へ行った時、ドラゴンを見たことがあるんだ」


「げっ! じゃあ、あれって本当に!?」


「おい、すぐに物見やぐらに登って竜鐘りゅしょうを鳴らせ!」


「は、はいっ!」


 若い門番が転ぶように走っていく。


「今日がこの街の最期かもな」


 沈みゆく太陽に浮かんだ黒い影は不吉以外のなにものでもなかった。

 西門を閉じるため、ジンバルは門の開閉装置がある小屋へ駆けこんだ。



 ◇ ― グレン ―


「おー! 街が見えてきた! あれがクレタンだな」


 街の方から、鐘を叩くような音が聞こえてくる。時刻を告げる鐘にしては、鳴る数が多いな。火事だろうか?


『街の中などに降りると人族が慌てるだろう。どこか近くに降ろせばよいな?』 


 ママって意外に気づかいのドラゴン?


「まあ、それでいいですよ」


『なんだ、その不満そうな態度は?』


「いやあ、この格好ですからね、また《《裸》》に近いなあと」


 猪の攻撃を受けた俺は、服がビリビリに破れ、ある種の人が見るとかえって興奮するような姿になっていた。

 

『それは我の預かり知らぬところだ。次は死にかけるようなことがないよう、あの街で強くなれ』


「へいへい。しかし、なんで俺が危ないって分かったんです?」


『紋章だよ。お前の右手にある紋章は、お前が危なくなると我にそれを教えてくれるのだ』


「へえ、便利ですね」


 これのおかげで命拾いしたのか。

 俺は右手の甲に浮かぶ青い紋章を撫でた。

 ドラゴンママは、意外に子供を大事にしているのかもしれないね。


『では、この辺で降ろすぞ』  


「えーっ! まだ遠いじゃない!」


『我らドラゴンが人族にどれほど恐れられているか、お前は分かっておらぬのだ。街の近くなどに降りたら、住民がこぞって逃げだすぞ』


「そうなの? じゃあ、仕方ないね。ウンちゃん、この辺で降ろしてくれ」


『ウンチャンとはなんだ? では降りるぞ』


 高度を下げたドラゴンママは、街へ続く道の上、五メートルほどのところで俺を手から離した。

 なんとか転ばず、着地を決める。

 意識のないミリネが落ちてくる。俺は慌てて彼女を受けとめた。

 

「ママー、助けてくれてありがとう!」


 ドラゴンママに向け手を振る。


『強くなれ、我が子よ! そして、その娘を守ってやれ』


 そう言い残し、ママは飛び去った。


「う、ううう……」


「ミリネ、気がついた?」


「グレンっ!」


 ミリネが俺の首に手を回し、ぎゅっと抱きついてきた。

 猫耳が目の前に! 噛み噛み(ハムハム)したい!


「し、死んだかと思った。夢にドラゴンが出てきたわ」


 どうやら、彼女、気を失う前、ママの姿を見ていたんだね」


「もう大丈夫だよ」


「フォレストボアは? あれ? ここどこなの?」


「あそこ見て。門が見えるでしょ。あれ、クレタンの街だよ」


「えっ!? あれがホントにクレタンの街なの? じゃあ、グレンが私を運んでくれたの」


「いや、親切な知り合いが通りかかってね。彼女に頼んだんだ」


「へえ、馬車を持ってる知り合いがいたのね。どんな女の人?」


「ははは、それは秘密。そのうちに教えてあげるから」


「隠さないで教えなさーい!」


 俺とミリネは、じゃれ合いながら街へ向かった。


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