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第162話 北の森(下)

 熊ぐらいなら余裕で呑みこみそうなサイズの紅い何かは、大きな水滴型の体から何本かの黒い触手を伸ばし、周囲を探っている。


「気をつけろ!

 あいつは『大ぐらい』って魔獣だ!

 呑みこまれたら、それまでだぞ!」


 ええっ!?

 かわいいピンクのスライムちゃんは、どこ行ったの?


「そっちに行ったぞ!

 油断するな!」


 ゴリアテが言うとおり、魔獣は、俺を狙うと決めたようだ。

 巨大な紅い体をふるふる揺すりながら、じわじわこちらに近づいてくる。

 慌てて立とうとした俺は、落ち葉で滑り、転んでしまった。

 やばい!


 ドン!


 横になったまま振りかえると、紅い魔獣が身をよじるように震えており、その一部から煙が上っていた。


「早く立て!」


 それはゴリアテの声ではなく、女性のものだった。

 視界の端に入ったのは、手に筒のようなものを持った、カフネの姿だった。


「ヤツは、お前を狙ってるぞ!」


 立ちあがり、赤い魔獣の方へ右腕を伸ばす。

 指を銃の形にして……。


「ぶっ飛べ!」


 グジャッ!


 そんな音がして、紅い魔獣が吹っ飛ぶ。

 飛んでいった先にあった木の幹に、ベチョッとぶつかり、少しの間、そこにへばりついていたが、どろんと垂れると、木の根元でポヨポヨと巨大な水滴型となった。

 色は赤色から、紫っぽい色に変わっている。


「グレン!

 ヤツは、まだ生きてるぞ!」


 今度は、ゴリアテの声だった。

 それを合図にしたかのように、紫色の巨大な魔獣が、ものすごい勢いで、こちらへ向かってくる。


「気をつけろ!」


 誰かの野太い声がする。

 人差し指と中指二本を揃えて魔獣の中心を狙う。

 今度は、左手を右腕に添える。

 十メートル、五メートル、三メートル、今だ!


「ぶっ飛べ!!」


 バチュッ!


 そんな音がして、魔獣が爆散した。

 

「ふう、よくやった。

 青くなってるな。

 完全に死んでる」


 ゴリアテが地面にしゃがんで、魔獣の破片を枯れ枝でつついている。


「たいしたものだ」


 肩にドンと大きな手が載り、振り返るとガオゥンが立っていた。 

 その顔が笑っている。

 彼の笑顔、初めて見たかもしれない。

 男らしく、爽やかな笑顔だね。

 これ、モテるのも分かるよ。


「グレン、君、凄いね!

 一発で、『大ぐらい』を倒しちゃった!」


 カフネが、頭を撫でてくる。

 相変わらず子ども扱いですか!

 それに、アイツ倒したの一発じゃなくて、二発だし!


「あー、残念!

 こいつの魔石って超高値で売れるのに、粉々になってるよ」


 カフネって、言い方が一々嫌味なんだよね。

 ゴリアテが彼女に声をかける。


「粉々でも、何かの役には立つだろ。

 拾っといてくれ」


「分かったわ」 


 どうやら、カフネとゴリアテだと、ゴリアテの方が立場が上らしい。

 

「グレン君、一緒に魔石の欠片かけらを拾ってちょうだい」


 ここは、盗賊女を無視していいよね。


「グ~レンく~ん、お姉さんのお手伝いおねが~い!」


 ぐっ! 俺の顔を自分の胸に押しつけるな!

 だいたい、それほど胸、大きくないじゃないか!

 革鎧が顔に当たって、むしろ痛い。

 こんな【ラッキースケベ】、いらないんだよ!





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