第154話 エルフの都
馬車は森を抜けるのに五日も掛かった。
昼間しか移動しなかったというのもあるだろうし、馬車の速度も、やけにゆっくりだったように思う。
その間、御者席には、ゴリアテの横にルシルが座っていたが、あれはもしかすると索敵しながら進んでいたのかもしれない。
とにかく、道幅が広くなり、鳥の巣に似た球状の住宅が街道の両脇に増えてくるにつれ、歩いているエルフたちの姿が見られるようになった。
男女とも、ふわりとしたジャケット風の上着を羽織り、足首の所で絞ったズボンをはいている。頭にベレー帽のような帽子を載せているエルフもいる。
緑色と白色がよく使われている色で、黄色がアクセントになっていた。その色づかいは、緑髪の彼らによく似合っていた。
人族に混じれば、全員が美男美女だろう。そして、すらりと背が高い人が多かった。
すれ違うたびにエルフが馬車の方を見ているのは、人族や獣人がめずらしいからだろう。
エルフ以外の種族は、まだ一度も目にしていない。
まるで巨大な果実がすずなりになるように、大木と大木の間に球状住宅が密集している場所で馬車が停まった。
「今日はここで泊まるよ。
念のため、街に出る時は、『剣と盾』の誰かに声を掛けてほしい」
前室からこちらの客室に出てきたラディクは、腰を伸ばすような仕草の後、そう言うと扉を開け外へ出た。
長旅で疲れたみんなは、よろよろ立ちあがり、その後に続く。
御者台から降りてきたルシルは、目の下に隈ができていた。
エルフの球状住宅は思ったより広く、奥に長い形をしていた。
天井の見上げると、二つ以上の建物が繋がっているのが分かる。
もちろん一度も見たことがない建築様式で、こんな時でもなければ、じっくり見てまわりたいところだ。
入り口の床が円形をなす「部屋」には丸いテーブルが一つ置いてあり、そこに一人のエルフが座っていた。性別、年齢ともに見分けにくいエルフだが、中年の男性だろうと思う。
「いらっしゃい……あ、あんたは!」
椅子から立ちあがりかけた、そのエルフが中腰のまま動きを止める。
彼は、まじまじとラディクを見ていた。
「久しぶり。
またお世話になるよ」
ラディクがエルフに向かい手を振り、にこやかに近づいていく。
エルフの男性は、驚きの表情から苦虫を噛みつぶしたような表情へと変わった。
「おい、頼むから他所へ――」
いかにも嫌そうなエルフの言葉を、ラディクの穏やかな声が上書きした。
「宿を営むものは、金ランク冒険者の宿泊を拒めない。
違うかい?」
それを聞いたエルフは、上げかけていた腰をすとんと椅子へ落とした。
「……しかたない。
だが、騒ぎだけは起こさんでくれよ」
おじさんエルフは、投げなりな口調でそう言った。
きっと、以前来た時、ラディクがここでなにかやらかしたのだろう。
「ははは!
私から暴れることはないよ。
まあ、攻撃されたらその限りじゃないけど」
「も、もうあんなのはこりごりだ!
頼むから大人しくしてくれ!」
「分かったよ。
今回もよろしくね、『白兎亭』さん」
こうして、俺たちは、エルフの宿に泊まることになった。




