第140話 司祭
教会に所属する裏の組織『夜明けの光』
形だけのトップは枢密卿だが、この組織を動かしているのは、司祭と呼ばれる一人の人物だ。
この人物の性別年齢は、誰も知らない。なぜなら、「彼」は常にフードを目深にかぶっている上、それには認識阻害の術が施されているからだ。
たとえ賢者が本気になっても、うち破られないほど強固な術だ。
「司祭様!」
並んだ信者たちが、屋敷に入ってきたその人物を司祭と判断できたのは、彼が特徴あるローブを着ているからだ。
白いローブの袖に蛇のように巻きついた金糸による縁取りと、先が尖った円錐型のフードがそれだ。
彼は廊下の両側で頭を垂れる信者たちの間をゆっくりと進み、ノックもせず飾り扉を開けると部屋に入った。
そこには、磨かれた木が光沢を放つ長テーブルが置かれ、フードを外した白ローブの男女が数人座っていたが、司祭はその横をするすると歩き、当然のように上座へ座った。
「報告を始めよ」
司祭が発したくぐもったその声からも、男女を判別することができなかった。
「勇者一行は、今日、ここワーロックに入りました。
宿は『翡翠亭』です。
同行者は、『鋼』『賢者』『魔女』の三人と、少年が一人、少女が三人です。
少女の内二人は、教会の僕だと思われます」
まだ若い青年が、正面を向いたまま、淀みなく発言した。
「残る少女は、かねてから追っておりました『奇跡』の関係者だと思われます」
「思われるだと?」
司祭が洩らした低い声に、能面のような白ローブたちの表情に動揺の波が広がった。
「こ、言葉が足りませんでした。
明後日には、確認できる人物が早馬で到着いたします」
「よかろう。
報告は正確にせよ」
司祭の声が抑揚がないいつもの調子に戻ると、これ以上ないほど身を固くしていた白ローブたちから、安堵の吐息が洩れた。
ただ、彼らは緊張を全て手放したわけではなかった。
「では、明後日、人物の特定が終わり次第、勇者たちを始末いたします」
司祭の右前に座った長い白髪の老人が、そう言うと、白ローブたちが一斉に頷いた。
司祭は黙って立ちあがると、挨拶もせず部屋を出た。
その足取りは滑らかで、まるで床の上を滑っているかのようだった。
◇
俺たちが泊る『翡翠亭』を意外な人物が訪れたのは、ワーロックの街に着いた翌日だった。
外に出ることを禁じられていた俺とミリネは、せめてもということで広い食堂でお茶をしていた。もちろん、キャンとその姉も一緒だ。
「グレン、久しぶりね!」
元気な声が食堂に響く。
声の方を振りむくと、そこにはぽっちゃり体形の少女がいた。
「リンダ!?
どうして?」
それはかつて迷宮都市クレタンで別れて以来、会っていなかった、冒険者学校の友人だった。
旅用の衣装だろう茶色のローブは、白く汚れていた。
「もう、近道だからって、砂漠馬車になんか二度と乗らないんだから!」
黒いつば広帽子についた白い埃を杖の先で払っているのは、魔術師の少女イニスだ。
「久しぶりなんだな」
のんびりした低い声で挨拶したのは、のっぽの短槍遣いコルテスだ。
「なんとか会えたようだね。
グレン君、久しぶり!」
次に現れたのは、頭に赤いバンダナを巻いた、小柄な少年ルークだった。
彼がリーダーであるパーティ『絆』の四人が揃ったことになる。
「冒険者学校卒業して、最初の任務がこの子をここへ連れてくることだったよ」
少年の手には、見覚えがある布がぶら下がっている。
俺は挨拶もせず、ルークの手から布を奪うと、それをはらりと落とした。
出てきたのは鳥かごで、中のとまり木には、目を閉じた小さな黒いフクロウがとまっていた。
「ピュウ!」
それはコレンティン帝国の帝都で別れてから、ずっと会いたかった、俺の友達だった。
俺の声でパチパチと目をしばたいたピュウは、首をかくんと傾げ、こちらを見た。
もしかして、もう俺のこと忘れちゃったの?
鳥かごの扉を開けると、ピュウはかごの入り口に一度とまったあと、さっと宙を舞い、俺の肩にとまった。
「くるるるる」
そんな声で鳴くピュウは、俺の頬に頭を擦りつけた。
よかった! 覚えていてくれたんだね!




