第138話 国境の街
商業都市として他国まで名が通っており、そして宿場町の役割も果たしているのが、ここ『ワーロック』の街だ。
この近辺は、まばらな木々が広がる林となっているが、街を含むその一帯が三か国の国境をなしている。
国境線に緩衝地帯として中立都市を置くことで、貿易や交流がおこなわれているのだ。もちろん、無意味な武力衝突を避ける目的もある。
獣人が住む『フギャウン王国』とエルフが住む『森の国』、この二国間には直接の交流が無いから、この都市がさらに重要な意味を持つことになる。ここを経由して物品がやり取りされるのだ。
街の外周には、獣人国の頂上ほどではないが、立派な壁が二重に巡らされている。
門を守る衛兵に、ラディクが冒険者カードを見せると、下にも置かぬもてなしを受けた。
街のトップ、『太守』とやらが、わざわざや出てきて、その小太りな体を揺すりながら、自らが俺たちの馬車を先導して街へと入った。
停まった客車から降りると、目の前にどっしりした木造二階建ての建物がある。
急なカーブを描く屋根瓦や、朱色を多用した配色は、中国の古都を思わせた。
「さあさあ、みなさん、どうぞこちらへ」
太守は、にこやかに俺たちをその建物へ招き入れる。
形がスリッパに似た、草で編んだ履物に履きかえ、磨いた板張りの床をぺたぺたと進んでいく。
この世界に来てから、あまり見なかったガラスのような素材が窓につかわれている。
廊下が長方形の中庭を囲んでおり、そこには池と築山があった。
「お部屋は、こちらの三部屋となります」
「ありがとう」
太守は並んだ部屋の扉を次々開けると、ぴょこんと頭を下げてから去っていった。
ずっと笑顔を浮かべていて疲れないのかなあ。
他人事ながら、そんなことを心配してしまった。
「なんか少し狭いね」
ベッド二つと応接セット、タンスっぽいものが置かれた部屋は、十五畳近くありそうだが、なにせこの部屋には五人もいる。
ルシル、ミリネ、キャン、白ローブ、俺で使うには少し狭いのではなかろうか。
これ、女性の中に一人だけ男で、一見ハーレム状態に見えるけど、気だけつかって疲れるパターンだな。
部屋割りを決めたラディクは、俺のことをよっぽど人畜無害だと思っているらしい。
あ、そうだ。せっかくだから、あのこと聞いておこうか。
「キャン、その人は、君のお姉さん?」
キャンと、彼女とそっくりの顔つきをした白ローブの女性が、ちらりとこちらを見る。だが、二人は俺の問いに答えようとはしなかった。
「キャン、それが本当の名であるか分からぬが、もう隠しても仕方なかろう。
全部話して楽になったらどうなのじゃ」
キャンに向かって話す、ルシルの声は、意外に柔らかいものだった。
「まずは、そこへ座れ。
話はそれからじゃ」
四人が椅子やソファーに座る。
俺は少し離れて座りたい気分だったので、ベッドの端に腰掛けた。
「私は、キャナラン=ボスコバル。こっちは姉のセリナラン=ボスコバルです。
獣人国北部の海沿いの村ボスコバルに住んでいました」
キャンの口調は、以前のたどたどしいものではなく、滑らかなものだった。
俺たちは、彼女から驚くべき話を聞くことになる。




