第119話 情報屋
カッペーリの街は、比較的豊かな生活を営んでいる者が多いが、それでも町外れのこの辺りは薄汚れた朽ちかけの家が多く、貧民街そのものだった。
勇者ラディクと賢者マールは、表通りとはうってかわって人通りの少ない路地を並んで歩いていた。
時おり、彼らの靴音に驚いた野良猫が、慌てて建物の陰に逃げこむ。
この街は、野良猫が多いことで有名なのだ。
二人はとりわけ古いボロ屋の前で立ちどまり、扉がわりにムシロのようなものがぶら下がった入り口を中へと入った。
薄暗い部屋には、頭に赤い布を巻いた三人の小柄な獣人が、中身がはみ出たソファーのようなものに座っていた。彼らは鋭い目つきでラディクを睨んだが、その内一人がハッとした顔をして、一つだけある木の扉を少しだけ開けると、そこからするりと奥へ消えた。
すぐにその扉が大きく開き、こぎれいな身なりの獣人が姿を現した。
彼も小柄だが、それは川獺人という種族の特徴なのだ。
「ラディクさん、久しぶりだね!
ささ、中へ入ってくんな」
こもった声で言う男は、右手が無いうえ、左足も棒状の義足だった。
やはり頭には赤い布を巻いており、その隙間から丸い耳が二つ飛びだしている。幅広の顔が笑うと、前歯がない口の中が見えた。
「ギムリ、お久しぶり」
ラディクは軽く挨拶を返すと、その男の後に続き、木の扉から奥へ入った。
入り口の小部屋では、座っていた三人の獣人がさっと立ち上がると、立っていたマール老に椅子を勧め、お茶やお菓子を出した。
◇
奥の部屋は十二畳ほどの広さがあり、入り口の小部屋とあまりにも対照的なものだった。黒褐色の上品な家具と、緻密な文様の壁紙、毛足の長い草色の絨毯、どれをとっても趣味の良さがうかがえる。
片手片足の男は、大きな机の向こう側に置かれた大きな椅子に座り、ラディクはそのこちら側に置かれた背もたれとひじ掛けつきの椅子に腰を下ろした。
部屋の中には、二人だけだ。これは、情報屋であるギムリが勇者にさえ譲らないルールだった。
「フギャウン王家について、最新の情報を買いたい」
ラディクがいきなり切りだす。彼は、この相手が無駄口を好まないと知っているのだ。
「いいですぜ。
いるはずのない王女に関するものでやすね?」
糸のように細い目に油断ない光をたたえ、ギムリが身を乗りだした。
「シルフィーラ王国との関係についても教えてくれ」
ラディクが口にしたのは、エルフ王が治める国の名だ。
勇者からの追加注文に、ギムリは口の端をきゅっと上げた。
「高いですぜ。
まあ、あんたには無駄な忠告でやすがね」
「いくらだ?」
「金貨千枚……と言いたいところだが、あんたには命を救ってもらった恩がある。
金貨三百枚、あるいは、対価として十分な情報でどうでやすか?」
「いいだろう」
ギムリは、聞かれたことについて、かなり詳細な情報を伝えた。
それは王家と貴族との関係や、軍の配置、果ては醜聞にまで及んだ。
「最後に、これはつい今しがた入ったネタでやすが……」
ギムリの話を聞き、勇者には珍しく、その眉がピクリと震えた。
「金貨五百枚出そう」
どうやら、ラディクは、その情報に十分な価値を認めたらしい。
「まいどあり。
この街へいらっしゃった時は、ぜひまたのお越しを」
ギムリが机に着くほど下げた頭を上げると、すでに勇者の姿はなかった。
「どうかご無事で」
片手片足の情報屋は、小声でそんな言葉を洩らした後、前歯の無い口からヒュッと息を吐いた。




