第109話 膝の上の猫
その日、俺は、例の豪華な部屋に、組み立て式簡易ベッドを置いて寝た。
天蓋付きのベッドはラディクが使っていたが、さすがというか、俺がなかなか寝つけないこの状況で、彼はあっというまに寝息を立てていた。
明け方になってやっと眠りに就いた俺が目覚めると、部屋にはすでに昨日の面子が揃っていて、朝食を始めるところだった。
慌てて起き上がり、テーブルに着く。
「グレン、寝癖とよだれ、ひどいよ」
父親のゴリアテと寄りそうように座ったミリネが、冷たい視線を送ってくる。
「ほほほ、ほれ、熱いお茶はどうだの?」
マールのいれてくれたお茶に口をつけ、熱くて火傷しかける。
「君は見ていて飽きないねえ」
朝食を食べるだけで優雅に見える、勇者ラディクが微笑んでこちらを見ている。
なんか、イラッとするんだよなあ。
「ラフィにい、グレン見てると、あれが染るよ」
「ミーちゃん、友達をそんなふうに言っちゃあいけないよ」
なんか、甘~い空気が流れてる。
「ミリネ、その『ラフィニー』って誰のこと?」
「馬鹿ね、グレンは。
ラフィーお兄ちゃんで『ラフィ《《にい》》』よ」
「ミリネは小っちゃい頃、ラディクが大好きでな。
『ラディクお兄ちゃん』ってうまく言えずに『ラフィにい』って呼んでたんだよ」
ゴリアテが、大きな手をミリネの頭に載せ、そんなことを言った。
「こっちも『ミーちゃん』って呼んでたんだよね」
いや、イケメン勇者のそんな解説、いらないから!
「ミーちゃん、おいで」
ラディクの言葉を聞いたミリネが席を立ち、彼の膝に横座りする。
「大きくなったねえ。
よしよし」
ラディクに頭と耳を撫でられ、ミリネが目を細めている。
なんだこりゃ?
ミリネが膝に載った猫みたい。
カワイイけど、なんかムカつく。
ミリネもミリネだよ。
なんでそんなに尻尾を振ってんの!
そんなことを考えていると、わざわざ席を立って側まで来たルシルに、頬をむにゅっとつままれる。
「グレン、面白い顔じゃな」
あんたが、俺のほっぺた引っぱるからだろうが!
「変な顔~」
ミリネが、見下したような目でこちらを見る。
「もう、俺に触るな!」
思わずルシルの手を払いのける。
「こやつは、何に怒っておるのじゃ?」
「ほほほ、嬢ちゃんには分からんかの?」
マールがからかう様にルシルに話しかける。
「私は『嬢ちゃん』じゃない!
こやつの考えていることなど、お見通しじゃ!」
ルシルが無い胸を張る。
「ほほう、ではグレン君はなぜ機嫌が悪いか、ワシに教えてもらえるかの?」
「そ、それはアレよ。
グレンの個人的な事情だから、話さない方がよいのじゃ」
ルシルが、やけに小さな声でそう言った。
「さすが魔女といったところか。
適当にごまかしおったが、当たらずとも遠からずといったところだの、ほほほ」
「なによ、知ったかぶりのじじいが!」
それを見ていたラディクが、ため息をつきながら、こう言った。
「はあ、ルシルもグレン君も、どうも恋愛には奥手のようだね」
「「なんでっ!?」」
思わずルシルと声がハモってしまった。




