第105話 魔道具屋前の攻防(下)
勇者の登場に驚き、手を挙げたままでいた白ローブが、待ちかねたようにそれを振り下ろす。
「ええい、ごちゃごちゃと!
少女以外は殺して構わん。
やってしまえ!」
半円形に並んだ白ローブたちが、それぞれ呪文を唱えだす。
それに対し、こちらはといえば、ラディクがニ三歩前に出ただけだ。
「魔術を撃つのは構わないけど、覚悟はできてるんだろうね?」
ラディクは、剣の柄に手もかけず、静かにそう言った。
「【ファイアボール】!」
「【ストーンバレット】!」
「【ウインドカッター】!」
次々と術名が唱えられると、白ローブたちが掲げた杖から魔術が放たれる。
それは、俺たちの中で敵に一番近いラディクに集中した。
ブブゥオン
そんな音がすると、飛んできた魔術が一つ残らずかき消えた。
さっきまでと違うのは、金色に輝く剣をラディクが右手に持っているだけだ。
「そ、そんな馬鹿な!
あ、ありえない!」
攻撃の号令を掛けた白ローブがよろめくと、地面に膝を着いた。
「三号!
攻撃の手を停めるな!」
背後の白ローブから声が飛ぶ。
うわっ! こいつら、自分たちの事、番号で呼んでるよ。ダセー!
しゃがんでいた白ローブが立ち上がると、フードが外れ白い仮面が現われた。
おっ、仮面じゃん! だけど、仮面のデザインが古臭いな!
「あの少年を集中的に狙え!」
それって俺のこと!?
こいつら、ダサいだけでなく、性格悪いな!
「秘薬を使用しろ!」
白ローブたちが、ガラス瓶に入った、毒々しい紫色のポーションをあおる。
カシャンッ
カシャンッ
カシャンッ
空になったポーションの瓶が石畳に投げつけられる音が続く。
「「「きゃははははは!」」」
白ローブたちが、そんな笑い声を上げた。
「ラディク!
あの薬は、ヤバい!」
ルシルがそんなことを叫ぶ。
まるで、それを合図にしたように、白ローブたちから魔術が飛んでくる。
しかし、それは先ほどまでの魔術とまるで違うものだった。
飛んでくる火の玉や、石の塊が何倍にも大きくなっているのだ。
それだけでない、数とスピードも上がっている。
白ローブたちは、詠唱している様子もない。
「少年!
私の後ろに!」
勇者ラディクが、初めて余裕のない声を上げた。
俺たちを覆うように、ルシルが魔術でシールドを張ったのだろう。
飛んでくる魔術が、何かに弾かれたように散りはじめた。
「くう、どこまでもつか……」
ルシルの声にも余裕がない。
「私がヤツらを蹴散らそうか?」
剣を手に下げたラディクが振りかえり、ルシルに声をかける。
「ラディク君は、何かあった時、この子たちを守って!」
「分かった……」
ルシルの顔が汗で濡れている。
これ、やばくないか?
彼女のあんな姿、初めて見るぞ。
「ルシル先生、私も――」
ミリネが何か言いかけたが、ルシルがすぐにそれをさえぎった。
「ヒヨッ子はひっこんでなさい!」
プーキーが自分の前掛けをじゅっと握りしめ、姉のルシルを心配している。
敵の魔術攻撃は激しさを増し、はじけ飛ぶ魔術の残滓で周囲が見えないほどだ。
いくらなんでも、この攻撃は普通じゃない。
「くう……」
食いしばったルシルの口から、そんな声が洩れる。
彼女の膝がかくんと折れかけた時、その声が聞こえた。
「嬢ちゃん、よく頑張ったな!」
乱れ飛ぶ魔術を背景に、大きな盾を持った、がっしりしたハゲ頭の男が立っていた。
「お父さん!」
ミリネが叫ぶ。
それは『剣と盾亭』の主人、ゴリアテだった。




