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第99話 魔女と賢者

 ミリネとグレンが街で数人の店主と追いかけっこを繰り広げていた頃、帝都南部の森に、ルシルの姿があった。

 森から一本だけ突き出た巨木、その半ばにある大きなうろにはテラスが着けられており、空からそこへ降り立ったルシルが、木の扉をノックするところだった。


「誰だ?

 いや、聞かずとも分かるわい。

 こんなところまで来るのは、暇を持て余しとる『魔女』ぐらいじゃからな、ルシルよ」

 

 扉を開けたルシルは、それに言い返す。


「相変わらず、辛気臭い所に棲んでるな、じじい。

 鳥と何かは高い所を好むと言うが、まさにその通りじゃな」


「たまに来たかと思うと、そのご挨拶。

 まったく迷惑なヤツだよ、お前さんは」


 そう言った賢者マールは、頭髪、眉、口ひげ、アゴひげ全てがまっ白で、それらが表情も見えないほど伸びていた。

 八畳ほどの室内にはベッドが一つ、木製のテーブルと木の椅子が一つずつあり、他には何も置かれていない。

 そこには生活臭のようなものが見られなかった。


「まあ、座んなさい」


 そう言ったマール老人が右手を振ると、テーブルの上に、お茶のセットが一そろい姿を現した。

 同時に現れた、小さな椅子にルシルが座る。

 二人は向かいあって座った。


「お前が私の所に来るなど、よほど困ったことが起きたな」


 マールは、そう言いながら、白磁のポットから小さな緑色のカップにお茶を注ぐ。

 二つある開け放たれた木窓から、爽やかな風が入ってきて、香り高いお茶の匂いが鼻をくすぐった。

 

「うむ、相変わらず、茶には凝ってるな」


 緑のカップを傾けたルシルが目を大きくして、そう言った。


「ほっほっほ、茶は唯一の道楽だからのう」


 老人はそう言うと、自分もカップに口を着けた。


「エルファリア産の上物でな。

 届いたばかりだよ」


 かつて、『剣と盾』で長い時間を共にした相手だけに、マールの口調は気安かった。


「用件は……そうだな。

 山が消えた件か?」


「世捨て人みたいな生活を送ってるくせに、下世話なじじいじゃ!」


「ほっほっほ、図星かね」


「回りくどいことは嫌じゃから、単刀直入に言うぞ。

 あの件は私の弟子がした事じゃ。

 国が嗅ぎまわっているようだが、それをやめさせてくれ」


「ほほう、『魔女』と恐れられたお前さんが、こんなじじいに頼み事とはな。

 だが、どうしたことだ。

 ワシと違い、弟子は取らぬ主義ではなかったのか?」


「ゴリアテの頼みで一人、私自身の考えで一人、弟子を取った」


 ルシルは形のいい緑色の眉をしかめた。


「ゴリアテとは、また、懐かしい名だな。

 ヤツは息災か?」


「ああ、そうだがゴリアテが頼んできたのは、彼が育ててきた例の娘だ」


「む、ミリネの事か?」


 マール老の口調が、今までの、のんびりしていたものから、ガラリと変わる。


「ああ、彼女の事じゃよ」


「なるほど、『三つ子山事件』は、あの娘がやったのか?

 あの二人の娘だ。

 そのくらいの力はあるかもしれんな」


「いや、それはもう一人の弟子じゃ」


「ほほう、ぜひ会いたいのお。

 エルフか?」


「いや、人間じゃよ」


「ほほほ、あの『魔女』が冗談を言うようになったとはな。

 天地が覆っても、人間に山を消すほどの力は宿るまいて」

   

「ああ、普通の人間ならな」


「普通の人間ではない……もしや、『迷い人』か!」


「ああ、まだ少年だが、魔力が無い」


「魔力が無いだと?!

 それで山を消し飛ばしたのか?!」


「どうだ、興味が湧いたじゃろ?」


 お茶を一口飲んだ後、そう言ったルシルの口元には、笑いが浮かんでいた。

 

「むむむ、やはり『魔女』だな。

 ……しょうがない。

 詳しく話を聞こうか」


 こうして『賢者』と『魔女』、二人による話し合いが始まった。  

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