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 彼女は以前この山に迷いこんで来た人間の記憶に見た景色が羨ましいのだ。

過去に迷い込んできた人間は年増の女で、その女を喰ったとき、女の記憶を見た。


 女は都で貴族の姫君に使える女房であった。

姫君の陽に当たらない肌は白く、身を包む絹の色とりどりの着物は、それを更に引き立てていた。

若い公達から贈られる恋情を綴った和歌に頬を染める姿は花開く前、瑞々しい蕾のよう。

筆をとる指は細く、まさに嫋やか。


―妾も美しく、あの姫のようになりたい。


 この蜘蛛ならば、美しい姫を喰らえばその姿を手に入れられるだろう。

だが、都とは小賢しい陰陽師が犇めいている人間の縄張りだ。

陰陽師の一部は妖に対抗する術を持つというが、所詮人間。彼女ならば陰陽師の一人や二人なぞ、それこそ木の葉のように叩き潰してしまえるだろう。

しかし陰陽師が、いや、人間というのは何人か集まってしまうと面倒だ。

あれらは群で生きる生き物で知恵がまわる。

少しちょっかいを出しただけでも執念深く追い回され、追っ手を潰せば更に追っ手が増えるという。


 以前、酒に溺れた蛇の娘の鬼がそう愚痴愚痴言っているのを彼女は聞いていた。

娘の父、酒に溺れた蛇もまた贄を囮に人間に誘き出され討たれたのだとか。

経緯は知らないが、やはり人間は面倒なのだろう。


 ― あの二人は酒を控えればもう少し戦えるでしょうけど、


 酒に飲まれて討たれた父娘。血は争えないものだ。


  

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