第二話
浅いまどろみの中で、斉藤真弓は
この上ないしあわせな気分を味わっていた。
婚約者の湯本哲司と 二人で訪れた南国の島は
まさに楽園と言う形容詞がぴったりの美しい島だ。
『神々の棲む最後の楽園』というキャッチフレーズと、
パンフレット一面に写し出された 透明な海の青さに心惹かれ
迷わずマウリ島に婚前旅行を決めたのは真弓だった。
来年の春には結婚式を控え、今が一番しあわせなのかも知れないと思いながら
このままずっと時が止まってくれればいいのにと真弓は願う。
珊瑚礁に囲まれたプライベートビーチで、まばゆい南国の光を浴びながら真弓は
「こんなに幸せで怖いくらい……」
とぽつりとつぶやいた。
真弓を残し、ひとり海に出ていた哲司がやがて波の間から姿を見せた。
初めてシュノーケルを経験した哲司が子供のような無邪気な笑顔で真弓に手を振る。
哲司の笑顔にこたえて真弓もちぎれんばかりに手を振った。
寄せては返す波をかき分けて、哲司は笑顔のまま真弓の元に戻って来た。
その手にはひと塊の珊瑚が握られていた。
「ほら!真弓のために取ってきたんだ」
と笑いながら、哲司は真弓に差し出した。
「え……。 こんなの獲っていいの? 」
一瞬のためらいを見せた真弓に
「大丈夫だって! ここのまわりは珊瑚だらけなんだしさ。
ちょっとくらい、構やしないさ」
と哲司は言い、真弓の手の中に珊瑚を握らせた。
「嬉しい。ありがとう」
笑顔で言う真弓の心の中に得体の知れない不安が一瞬過ぎる。
『神々の棲む最後の楽園』。
この言葉を信じているわけではなかったが、
美しい楽園の一部を破壊したのではないかと思うと、うしろめたさが拡がった。
うつむき加減の真弓の顔は、はにかんだようにも見え哲司は愛しい気持ちを抑えきれず
真弓の細い体を抱き寄せた。
まるで自分の不安をかき消すように力強く抱きしめる哲司の腕に身を任せ
真弓は甘い吐息を漏らす。
「哲司、もっと強く抱いて。キスして……」
抱き合う二人の背後で波はさざめき寄せては返していた。




