第一話
遙か彼方に見える水平線と空の境目から、 幾重にも重なる様々な青は
やがて穏やかに寄せては返す波となって 熱く焼けた砂浜にたどり着く。
不変に寄せては返す波の音は静かに深く、 眩く光る空に響き続けていた。
やわらかな森の木漏れ日を浴びながら、カリ・ヒは思い悩んでいた。
巫女である自分にとっての限界を感じていたのだ。
カリ・ヒは太平洋に点在する小島のひとつマウリ島の巫女として
幼い頃から、その人生を生きてきた。
古来よりカリ・ヒの一族は巫女として精霊の声を聞き
善きことと悪しきことを人々に伝え自然と共存することが
人間として最も豊かで幸せなことなのだと説いてきた。
だが、カリ・ヒの代になりマウリ島にも資本主義の手が伸びてくるようになった。
幾度となく訪れては、マウリ島に観光開発を言葉巧みに勧める他国の人間に
最初は胡散臭く感じ、島の開発に難色を示していた島の住人たちも、
やがて時が経つにつれ段々と態度を軟化させるようになった。
古くからの風習を守り、神々に感謝を捧げる今までの生活も悪くはないが
蛇口をひねれば水が簡単に手に入り、火を起こさなくとも家が明るく灯される
電気のある生活にささやかな夢を抱いた。
神々と精霊が棲むと言われる『聖なる場所』さえ汚さなければ
多少の開発もいいだろうと考え始めたのだ。
若いカリ・ヒには、考えを変え始めた住人達を 抑えることが出来なかった。
苦悩の末にカリ・ヒは島の開発を認めたのだった。
しかしいざ開発が始まってしまうと、
島はどんどん切り開かれ多くの自然が消されていく。
島全体を覆っていた森の緑は今は三分の二くらいに減っていた。
その頃からカリ・ヒの心に届く精霊たちの声が
ほとんど聞こえなくなってしまったのだ。
精霊の声が聞こえなくては、
もう巫女としての役目は果たせなくなってしまう。
カリ・ヒは巫女として恐れていた。
すべての精霊の声が聞こえなくなることを・・・・