第五章:あなたが私を不安させているんだよ?
春が巡り、夏がやってきて、その夏も終わりかけている日だった。たまに意味もなく、部活とかまけて学校に行ってみる。きっとどこかで彼に出会えるような気がして、でもその思いがかなうことはなかった。サッカーサークルは大会後はオフのようで練習はなかった。ただ時間はいたずらに浪費されていくだけで、正直意味を感じない。
なんとなく彼が現れるんじゃないかなって思ってずっとグラウンドの方に向いて気付くと、時間は経っていて家に帰る時間になっている。そんな無意味な時間が経てば経つほど、私の思いは強く揺らいでいく。私だってわかっている初めから……運命の人なんて言うのは私の思い込みでしかない。
ただ運命とは突然巡ってくる。ある時に、勉強の件というすごく非具体的な用件で先輩に呼び出された。部活の先輩ではなく、バレー部の友達の先輩でなりゆきで、バレー部の飲み会に参加した際に、知り合った先輩である。誰に言うわけでもないからはっきり言うけど、もうなんとなく何を言われるのかわかっている。正直言うと、こういうのは初めてではない。中高のときもあったし、大学に入ってからも初めてではない。きっと告白されるんだろうって思った。中高の時は私の運命の人がいるんだって思って全部断ってきたし、大学に入ってからは彼がいたから遊びの誘いはすべて断って、告白されたら断っていた。でも、今回はタイミングが違った。彼との運命を薄く感じ始めて、運命の人なんていないなんていう気持ちが強くなってきた。そして、このタイミングで告白されたのはむしろそっちに運命を感じてしまった。だから、学校で先輩に会うことにした。
待ち合わせ場所である図書館前で、午前練習が終わりシャワー浴びた後の先輩がやってきた。シャンプーなのかわからないが石鹸の良いにおいが少しだけした。
「あっ、来てくれてありがとうね!」
「いえいえ、私、暇ですし全然気にしないでください」
私は高校時代の親友の前以外では、分厚い皮をかぶる。誰にでも愛想を振り撒き、誰にも嫌われず誰にも目をつけられないようにしている。もちろん、彼への思いも高校時代の親友以外には話していない。きっと先輩も私のそんな皮を見て、私を好きになったのだろう。先輩もまた私の本質を知らない。
雑談を話しながら、大学のキャンパスを出て、ランチの美味しいお店に連れていかれた。先輩は誘うときもだったし、連絡先を聞くときもとても紳士的で大人で、外見的にも内面的にも、とっても魅力にあふれた人だった。運命というものに揺らぎを感じ始めていて、現実的になっていた私にとっては、先輩という存在は自分を変える良い薬でありながら、自分を変えてしまう毒のような気がした。
私が思う現実的な考えはいわゆる私の経験則のなさだった。そりゃ運命の人とゴールできればいいけど、それが無理なら、絶対に経験則があったほうがいい。そうじゃないと地雷を踏みかねないからだ。もしも運命を捨てるのなら、大学生にもなって、恋人もいたことがないという状況は経験がないどころでは済まない。はっきり言って危機的状況だ。私と同様に自分を隠す皮をかぶれる人物に私が偶然にも悲劇的にも恋をしてしまったら、大変なことになりかねない。
そんなことを頭に浮かべながら、先輩とランチをしながら話をしていた。自分の数少ない経験値を用いて、先輩が皮を被っているのかいないのか、被っているにしてもいないにしても、先輩の本質は一体なんなのかをずっと精査し続けた。
そして、ついにその結論は出たのだ。私の弱くとも確実に存在する経験則曰く、彼は安全だと判断した。危険でも別れられる存在だとみなした。私は告白をされるなら、OKしてみようと思った。そして、その思いが固まった矢先、先輩は一息をついて話を改めた。
「あのさ、石井さん……いや佳子ちゃんって彼氏いないよね?」
「はい」
「そうだよね……よかった。あのさ、もしもよかったら俺と付き合わない? 俺さ、君が好きなんだよね」
返事がのど元に引っかかった。たった「はい」という一言なのに、ためらいがあった。ただその一瞬が遅れただけだった。でも、運命はまた私に運命を感じさせた。ランチを食べていた飲食店のドアが開いて、彼が入ってきたのだ。それを見た瞬間、のどに一度引っかかった言葉はまた胸元に戻り、気付けばまた私は言ってしまった。
「ごめんなさい。私、好きな人がいるんです。ですから、吉本先輩とはお付き合いできません」
自分でもまるで反射的に出た言葉で、驚きが隠せずにいた。あなたの不在に揺るがされていた私の意思はまた固まり、以前より揺るがないものになってしまった。