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ルートX:世界はひとつ

ルートX。彼女の、世界の可能性のひとつ。

「…なあに、これ」

というのが読んだ直後の率直すぎる感想だった。

だってちょっと待ってみてよ。

どっかの映画じゃあるまいに、こんなことあるはずない。なにが68歳の阿部よ、からかうのもいい加減にして欲しい。

あ、つまりはあれだわ、死んだんだ、きっと。夢をみているんだ。


にしてはちょっとリアルすぎよね。

私と阿部の「約束」なんて、私たちしか知らないはずだもの。

ま、阿部は覚えてるかなんてわからないけれどね。

そうよ、忘れてるはず。そうにきまってる。


思えばそれは幼稚園の頃。

私は軽い自閉症を患っていて、友達ができる状況になかった。

でもやはり生活に困難になるほどでもないこと、まだ治る見込みが十分にあることから積極的に人に関わらせようと幼稚園に入らされた。もちろんその場所は私にとって恐怖でしかなく、一人、教室の隅で絵本を眺めていた。

そんなある日のこと。

「ねぇ、そのひーろーかっこいいね」

「…?」

「これ」

ヒーローっていうか桃太郎を指差す彼を私は睨み付けた。

また馬鹿にしてきた。

私の名前は百崎だから。桃太郎とよく笑われたものだ。他にもある。モモンガとか。「も」が二つつきゃなんでもいいみたいな。

「……」

「かっこよくない?」

「…べつに…」

「ももさきってなまえ、おれ好きだよ!」

「…!?」

好きってなんだろ。でも今だからわかる。私はこの瞬間から彼のことが好きだったのだと。

そしてきっかけなんてこんなちっぽけで。私はいじめられなくなった。いや、桃太郎とかモモンガとか言われてたけど、全然気にしなくなった。

だって彼…阿部が好きだって言ってくれたから。周りの人にわかってもらおうなんて思わない。私には阿部がいる。阿部さえいれば私は生きていける…そう思ってた。阿部はずっと私といてくれた。独りぼっちの私にずっと構ってくれた。

幼稚園の卒園式の時だ。

彼は言った。

「おとなになったら、ももさきとケッコンする」

ケッコン。そのときはイマイチピンと来なかったものだ。

けれど一度だってその約束を忘れたことはなかった。


それから小学校、中学校と地元の公立へ進んだ。私の自閉症は完全には治ることはなく、やはり他人と関わるには相当頑張らなければならなかった。

怖かった。ただ、怖かった。独りがよかった。でも阿部だけは違った。

阿部がいれば他人とも話せた。

阿部がいれば学校が楽しかった。

…いつしか。

阿部がいなくなったらなんてこと過って、彼によく泣きつくようになった。

「心配症だなぁ百崎は」

「大丈夫だよ、ほら俺元気じゃん。死なねぇって」

「あいつは友達だって」

「百崎が一番だよ」

そんな風にいつも抱き締めて、頭撫でてくれた。


高校に上がる頃には阿部がいても阿部以外の人と話せなくなった。

両親も怖くなって、両親とも話さなかった。阿部しかいなくなった。

それでも私には十分だったのだ。

でも。

「百崎、俺も友達作りたいんだけど…」

「ごめんその日は友達と出掛けるんだ…あ、ならお前も来る?」

「勉強したいから大学決まるまでLINEやめるわ」

やだ、やだ、と請うても彼は聞かなかった。

私は捨てられたのだ。

ずっと私と二人でいてくれたのに。

私がいれば友達なんていらないでしょ?

…私は阿部がいなくちゃ、独りじゃいきていけないのに、それを阿部が一番よくわかってるはずなのに。

「大学もさ、同じところ絶対行こうな!」

と言ってくれたから、私は必死になって勉強した。阿部だけ受かって私が落ちたら私はどうすればいいかわからなかった。


でも結果はこれ。

E判定、受かる見込み零。

もうだめなの、誰に何て言われようと私はもう生きていけなくなった。

あぁ、なんでこんなの思い出してるんだろ、早く死ななくちゃ。


私、気づいてたよ。阿部が迷惑がってたこと。

これは「好き」じゃなくて、ただの「依存」でしかなかったこと。

ごめんね、もっと早く死んでればよかったんだ。


これで私も阿部も幸せになれるんだ。ならいいじゃないか。

こんな手紙なんて、わけわかんないものに惑わされてなんからんない。

あほくさい。


じゃあ今度こそ、さよなら。ごめんね。


手紙を閉じる。

刹那、身体がおちる。あぁ、電車やっぱ早いね。









「〇〇駅で人身事故が発生したため、運転見合わせ…」

うっわまじかよ、今あいつ塾で頑張ってるから迎えにいって帰りにおいしいケーキでも食べに行こうと思ったのになぁ。

あいつ、かなり凹んでた、センターうまくいかなかった、俺と同じ大学行けないーって。

馬鹿野郎。俺はお前に合わせるまでだ。

あいつが行く大学に、俺は行くって決めてるのに。

親にも教師にも反対されたけどさ。俺には俺の事情があって、あいつと俺にしか理解できない事情があるんだっつーの。

別に将来とかいいんだよ。

あいつを守れるならさ…

あいつの側にずっといてやることであいつが生きていけるのなら、俺の存在意義が、一番見いだせるんだ。

だからそれがいい。

それに、俺はあいつのこと大好きだもん。付き合ってるか否かと言われれば付き合ってなんかない。幼稚園の「約束」は告白になってねぇだろ?っつかあいつ覚えてんのかな…?

高校の卒業式に絶対コクって、大学卒業式にプロポーズって俺きめてっから!

あーあ、なのになんで人身事故なんだよ。早くしないとあいつ病んでそのまま死んじまうよ。

中学校の時も高校のときも何度か自殺未遂して、俺が見つけなきゃ死んでた。

そんな不安定な奴だから…

守ってやんなくちゃ。

……お、電話?母さんからだ。

「なに?ってか人身事故っちゃっててさぁ、百崎の塾まで送ってって………………………、……………………は?」

………嘘、だろ…?

あぁ、視界が眩む。

俺はそのまま意識を失ってしまった。


もうそれからお葬式の日までは俺は屍だった。

存在意義を、見失ったのだから。

あいつのために生きていたのに。

あいつが、死んだ。

じゃあ誰のために生きればいい?

俺はなんのために生きればいい?

そりゃ、きっかけなんてあんなちっぽけなことだった。桃太郎とかモモンガとか言われて、黙ってたけど俺にはわかった。本気で嫌がってるんだって。それを言えないんだって。だから話しかけた 、それだけだ。

でも彼女は思った以上に喜んでくれた。俺も、彼女が喜んでくれたとき、感謝を言ってくれたときが一番、なによりも代えがたい喜びで。

いつしかそれが生き甲斐で。

そしてそれが俺のなかでの存在意義で。

そう、あいつは俺に存在意義をくれた。

なのに。

この棺のなかで眠る彼女。

「百崎…なぁ、おい、目ぇ醒ませよ…迎えに来たぞ」

「なぁ、返事しろよ…明日俺試験だよ…」

「……百崎…俺これからどうすりゃいいの…?約束したじゃねぇか…」

「…好きなのに」

あぁ、もっと早くコクればよかった。

あのときもっと早く迎えにいけばよかった。

早く俺の気持ち言えばよかった。

でも遅い。もう、遅い。





あぁ、寿命だ。

どうか、過去がかわって、今も並行世界で幸せになった百崎と俺が存在していますように。



世界はひとつしかない。過去を変えようとしたって無駄なんだ。それがルートX。


次回はルートR。

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