夏季電力ピークの悲劇
夏季の節電への協力を呼びかける社内文書のボツ案。
もったいないので投稿しました。
ある夏の午後。浜岡は大阪・梅田の本社ビルでパソコンに向かい、EXCELの複雑な計算式と格闘していた。明日常務に提出しなければならない会議資料の大詰めである。
ふと一息ついて顔を上げた、壁に、ポスターが張ってあるのが目に止まった。「節電・・・」と大きく書いてある。グループの環境保全強化月間のポスターだ。また節電かよ。浜岡はうんざりしながら周囲を見渡した。部屋は寒いくらいに冷房が効いていて、斜め向かいの女性社員は長袖のカーディガンを着て膝掛けをかけていた。環境委員会事務局とやらは冷房の温度設定は28℃とか言っているが、こんなに暑いんじゃやってられない。ちなみにこの部屋の温度設定は22℃である。
隣のシマは全員会議に出払っているが、パソコンのモニターはみなつけっぱなしで、いくつかのモニターではスクリーンセーバーが動き回っている。誰もいないはずの会議コーナーと書庫には、照明が皓々と灯っている。何が節電なんだか。浜岡は苦笑いしながら、作業に戻った。
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大阪・中之島にある電力会社の中央給電司令所に、警報音が鳴り響いた。 「ちょっと失礼。」打合せコーナーで来客の対応をしていた所長の敦賀は、そう告げて、司令所に駆け込んだ。
「どないしたんや!」敦賀は怒鳴った。
「南港の火力発電所がトラブルで停止しました!」所員の美浜が青い顔で答える。
「今朝から姫路も止まってんねんぞ!何とかならんのか!他電力の融通は!」
「だめです!今日の猛暑では、どこも自社の管内で手一杯で・・・」
敦賀は頭を抱えた。
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執務室の照明が、突然消えた。浜岡はキーボードの手を止めて顔を上げた。停電か?視線を前に戻すと、パソコンのモニターは真っ暗だった。
「あぁ!会議資料のデータが!」浜岡は思わず叫んでいた。次の瞬間、
ガシャーーーーーーン!!
下の方から、ものすごい大音響が聞こえた。建物の床も、地震のように揺れた。執務室内の社員は、一斉に立ち上がり、窓に駆け寄った。
本社ビルの前の大通りの交差点では、バスが横転し、乗用車が2台ぺしゃんこになり、バイクが倒れ、投げ出されたライダーが横たわっていた。信号の灯りはすべて消えていた。停電で信号が突然消えたことによる事故だろう。そう思ったとき、浜岡は、大型トラックが、本社ビルの1階に突っ込んでいるのに気がついた。
「香里葉!」
浜岡は反射的に叫んで駆けだした。1階の受付には、浜岡が3年前から交際している受付嬢の柏崎香里葉がいるのだ。職場恋愛で、来年には結婚する約束もしていた。停電でエレベータは動いていない。浜岡は、12階から1階まで一気に階段を駆け下りた。
1階のエントランスにはガラスが飛び散り、粉じんが舞っていた。大型トラックの頭はフロアの奥まで突っ込み、受付カウンターは木っ端みじんに吹き飛んでいた。その下で香里葉は頭から血を流し、息絶えていた。
「なんでこんなことに!」浜岡は号泣した。そして、ふとつぶやいた。
「節電・・・しなかったからだ・・・」