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みえるもの・できること  作者: マオ
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弐章・破滅の地……厄災の間・2

 ケイは樹上のユイに気づきもしていないようで、森の中を歩くのに四苦八苦している。不慣れなのが丸分かりだ。大体、部屋で機械をいじるのが仕事のケイなのに何故セイリオスの森の中を歩いているのだろう。

 もう追っ手がかかったのだろうか?それにしてはケイが来るというのはおかしい。

 イグザイオの軍人、しかも武闘派とは対極にあるようなひ弱な彼が追ってきて、武闘派裏神官のユイを止められるわけがない。

 かと言って何らかの任務で彼が護衛もなしにこんな森の中を歩くだろうか?

 現に今だって木に引っかかって転びそうになっている。山歩き、森歩きなどしたことがないのだろう。

 機械の虫なのだからありえない話ではないが、だとしたらなおさらここにいる理由が分からない。

 一体何の用があって他国の軍人であるケイがセイリオスの森の中を歩いているのだ?

 それも。たった一人で。

 ……ユイはしばらくケイの様子を見ていたが、彼はこちらに全く気づいておらず、ユイがいる木の下にたどりついて息をついている。いつもの格好だ。肩に六芒星がついたひざ下まである上着、六芒星のイヤリング、メガネ。珍しく不釣合(ふつりあ)いな大きいリュックを背負っている。それが重いのか彼は息を切らしていた。腰をおろしてふところから端末を出し、起動して覗き込んでいる。

 真下のため、端末に何が映っているのかまではさすがに見えない位置だが――これを利用しない手はあるまい。一応もう一度周囲をうかがって見たが、やはりケイは一人だ。

 お供も警護も連れていない。これはチャンスだ。

 彼と彼の持つ端末ならラグドラリヴの情報も手に入る可能性がある。

 警備のついていないケイなど彼女にとっては赤子も同然。すぐさま捕まえる決心はついた。

 ひっかけておいた傘を手に取り、迷いなく飛び降りる。

 梢の揺れるザザザという音の後、彼女の姿はケイの目前にあった。

「ッ?!」

 さすがのケイも驚いたらしい。あわてて立ち上がろうとして、瞬時にユイが突きつけた傘に阻まれる。

「久しぶりだな、ケイ・カゲツ。二週間ぶりくらいか」

 無表情にそう言う彼女に、ケイは苦いものをまとめて噛んだような顔になった。

「もう来たのか……」

 しぼり出すように呻く。ユイには意味が分からなかった。のど元に突きつけた傘は外さないで訊いてみる。

もう(・・)?何のことだ」

 言うとケイは眉を寄せた。

「……俺を追ってきたんだろう」

「は?」

 ユイも眉を寄せた。二人揃っていぶかしげな表情で向かい合っている。

「何故わたしがお前を追わなければならんのだ?」

 ケイの言っている意味が分からない。

「何故って……待て、本当に俺を追ってきたんじゃないのか?」

 ケイも彼女の言っていることが分からないらしい。

 互いに互いの言っていることがかち合っていないと気がつくまで、そんなに時間はかからなかった。

「俺を追ってきたんじゃないなら……なんでここにいるんだよ、セイリオスのエリート神官が」

「それはこっちのセリフだ、イグザイオのエリート軍人。なんでこんなところにいる。ここはセイリオスだぞ」

 お互いの会話がかみ合っていないと分かっても、会話が成り立つかどうかはまた別だ。

 どうやらケイは事情を話したくないらしく、言葉を濁す。その態度から何かの任務を受けているのではと予想できたが、それとユイの都合とはまたまた別の話だ。

 彼女に彼を解放する気はない。ここで自分に見つかったのが運のつきだと思ってあきらめてもらう。

「まぁいい。お前の都合などわたしには関係ない」

 言い捨てて、傘で彼の喉を軽くつつく。

「協力してもらうぞ、ケイ・カゲツ」

「……何にだ」

 少しのけぞってなんとか傘の先から逃れようとしながらもケイは問い返してきた。

「ラグドラリヴに入るために」

 逃さずユイはそう答える。

「ラグド……ラリヴ?入ってどうする」

 警戒しているのだろう、彼の声は低い。

「世界を、滅ぼす」

 淡々と彼女が告げた言葉に、彼は目を見張り、それから彼女をまじまじと見返した。

「……お前、正気か」

 当然の質問だ。ユイがケイの立場だったら同じことを問いただしただろう。

「さぁな。おそらく正気ではないんだろう。だが、わたしは本気だ」

 キッパリと言い切る。ケイがどこかに連絡を取ろうとするそぶりでも見せれば、即座に殴るつもりもある。とりあえず昏倒させて、などと物騒なことを考えていると、予想外の反応が帰ってきた。彼は真顔で訊いて来たのだ。

「本当に、本気か」

 問いかけというよりは確認のようなニュアンスだ。彼女のその意思が確実なものなのかどうかを確かめるように。

「本気だ。そうでなくてなんでこんなところにいる」

 とくに意識もせずそう返したが、ケイは腕を組み考えはじめた。つきつけられている傘など、もう気にもしていない様だ。

「おい?」

 この態度は一体どういう意味なのか測りかねて、ユイもちょっと戸惑った。なにせ重要な情報源だ。少し不審だからと言って、いきなり切り捨てるわけにもいかない。

 ユイではケイの端末は扱えない。端末だけ奪うという手は意味がない。ましてラグドラリヴでどんなことが起きるかも分からないのだ。ケイの頭脳はあったほうがいい。

 いけ好かない男だが、頭だけは本当にいいのだ。本心ではあまり頼りたくないけれど、好き嫌いを貫いてラグドラリヴ内で遭難するのはさすがにあほらしい。

「……馬鹿だな、ユイ・ヒガ」

 突然そう言われ、傘で突き殺したくなった。

「殺してほしいのか」

 半眼で睨みつける。この手にあともう少し力を入れたらケイは即座に死ぬだろう。彼もそのことは良く分かっているようで、おとなしく両手をあげた。

 が、口は止まらない。

「だってそうだろう?あるかどうかも分からないような『厄災』のところへ行って世界を滅ぼそうとしているんだ、あほだろ。この(検閲削除(ピーーー))」

 殺すか、とユイは正直にそう思った。ケイがすぐにこう言わなかったら実際に手を下していたかもしれない。

「……俺と同じことをしようとしてる馬鹿が他にもいるとは思わなかった」

 …………。

 沈黙が森に満ちる。長い沈黙が過ぎてから、ようやくユイは口を開いた。

「ちょっと待て。今なんと言った?」

「(検閲削除)か?」

「切り殺すぞ」

 真剣に殺気をこめた視線を向けられて、ケイは肩をすくめた。

「聞いたとおりだ。他に意味はない、他意もない」

 ふざけた風を装ってはいるが、ケイは本気だ。それはユイにも理解できた。自分と同じものを感じたからだ。

 本気で世界を壊そうとしている――ユイと同じように。そんな馬鹿なことを馬鹿と分かっていてもやらざるを得ないほど、世界を見限っている。

「本気か」

 先ほどされた質問を今度はユイがした。

「正気ではないだろうが、本気だ」

 同じようにケイも返す。その目を見て、ユイはようやく傘をおろした。

「……お前と同じことを考えているなんて死ぬほど不快だ」

「こっちのセリフだ」

「でも、世界が終わるまでなら協力してやってもいい」

「それもこっちのセリフだ」

 じっとりと睨み合う。火花が散ったような一瞬の後、戦いは始まった。

「なんで素直に助かるとか、よろしくとか言えないんだ?!お前という男は!?」

「それもこっちのセリフだッ!素直に助けてくださいとか言えんのか、お前という女は?!」

「口が裂けても貴様には言わんっ!!そっちこそ土下座でもして一緒に連れて行ってくださいとか言えんのか?!」

「お前だけには死んでも言わねぇッ!!」

 セイリオスとイグザイオのエリートの口論としてはやたらと低レベルだ。

 口げんかなどというものはそんなものなのかもしれない。

 しばらく立場を忘れてぎゃあぎゃあやっていたが、先に我に返ったのはケイだった。

「待て、こんなことやってる場合じゃないだろ」

 それもそうだとユイも思ったが、彼に言われると腹が立つ。そもそも先に腹が立つようなことを言い出したのは誰だ、などとも思ったが口には出さなかった。時間が惜しいと思い直したのだ。

 息をついて気持ちを整えてから、落ち着いて話をすることにした。

「……まず最初に言っておく。わたしは『破滅』の存在する場所を知らない。ラグドラリヴ内に入ってから探すつもりでいた。ケイ・カゲツは『破滅』の情報を持っているか?」

 正直にそう告げると、ケイはあからさまなため息をついた。だが、馬鹿にするつもりではないらしい。

「あー……まぁそうだろうな、国家間でもSSSの機密だ。いくら裏神官でも知らなくて当然か」

 こりこりとこめかみの辺りをかきながら、持っている端末の画面をユイに見せた。

 覗き込むと地図が映し出されている。小型の画面なのに、画像は信じられないくらいにクリアで見やすかった。さすがケイの自作である。おそらくはまだどこの国にもない技術だ。

イグザイオにも公開していないと彼は言っていた。

「これは今いる場所……セイリオスの森だ。で、こうすると……」

 なにやら画面を操作すると、立体映像になった。見たことのない地図が目前に出現する。

 ユイにさえ見覚えのない地図。ということは、これは公的に存在しない地図だ。

 裏神官さえ知らない地形。

「これ……ラグドラリヴなのか?」

「ご名答」

 自信たっぷりに笑いケイは映像の一点を示す。そこは小さく紅く光点がともっていた。

 ラグドラリヴのほぼ中心地だ。

「ここか」

「俺の見立てでは、な」

 ケイはそう言ってから説明を始めた。不可解な熱源反応、魔法反応があること。何もないはずのラグドラリヴの中心地で、そんな反応がありえないことだというのはユイにも理解できる。

 そこには何かがあるのだ。確実に。

「ラグドラリヴでそんな反応があるのはここだけだ。ほかにはない。だから十中八九ここだろう」

「ダミーである可能性はないのか?」

 至極当然のことをユイは問いただした。そう簡単に反応が出るなどかえって怪しい。偽の情報を流して、本物は隠すという手はよくあることだ。

「それはないな。そんなことする必要もない」

 ケイは断言した。

「なぜなら、誰もここに入らないからだ。一般人はもちろん、各国の『裏』さえもここには入れない。入るものがいないところにダミーを作る必要もない」

「……誰も入らないのに地図はあるのか?それともそれはお前が自分で作成したのか」

 指摘するユイを意外そうにケイは眺めた。

「……ちょっとは考えるんだな、驚いた」

 本人としてはほめているつもりらしい。けなしているようにしか見えなくても。

「そうだ、地図はある。俺が作成したんじゃない。これは俺が軍のコンピューターにハッキングをかけて手に入れた。誰も入らないはずの場所なのに地図はある(・・・・・)んだ」

 ケイの言いたいことはユイにも分かった。

「地図が必要な誰かがいるんだな?中に入る誰かが存在しているのか……」

「そういうことだ」

 ではやはり何かが存在しているのは間違いなさそうだ。

 限られた人間のみが知る、何かがある。


なんとか合流しました。でもやっぱり仲の悪い主人公たちです。

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