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みえるもの・できること  作者: マオ
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弐章・破滅の地……厄災の間・1

    弐章・破滅の地……厄災の間



 ラグドラリヴ――そこは五皇国のほぼ中心に位置している。

 どの国からも行けるのにどの国からも入ることは許されない。

 そこは禁忌の地だからだ。

 破滅の力が眠っているからだ。


『眠るそれに触れてはならぬ。

起こすことなどまかりならぬ。

それ(・・)が目覚めてしまえば世界は滅ぶ。

何人たりとも彼の地に近付くことならぬ……』


 五皇国の住民は子供のときからそう言い聞かされて育つ。

 どこの国でも同じだ。ラグドラリヴに関する『禁忌の地』という認識は同じだった。

 眠る『何か』の言い伝えは各国でそれぞれ違うというのに、それが破滅を呼ぶということに変わりはない。

 古くからの言い伝えなどあやしいものだ。どれが正しいという保証もない。

 だが、ラグドラリヴには何かが確かに存在している。一般人には知らされないような何かがあるのだ。

 魔術か、兵器か、それとも未知のものか?

 いずれにせよ、ろくなものではあるまい。

 国が隠すようなことなど、知っても得にはならないようなことばかりだ。国の中枢部にいたため、そのことをよく理解していたが、行動に迷いはなかった。

 世界を滅ぼすと決めた。こんな腐った世界など、こちらから見切りをつけてやる。

 もし何もなくとも、五皇国に一泡吹かせるくらいはできるだろう。その後おそらく自分は消されてしまうだろうが、それならそれでいい。こんな醜い世界で、長生きなどしたくない。なにひとつ希望などないのだから。

『それに触れてはいけない――』

 眠るものが何なのか、それすらもうどうでもいい。

 これで世界が終わるなら、破滅のスイッチがそこにあるなら。


 ……押してやる。



 ……問題はどうやってラグドラリヴへ入るか。

 ユイ・ヒガは地図を手に悩んでいた。セイリオスへの反乱で、ラグドラリヴに眠る『破滅』を起こすことに決めたが、潜入する手段でまずひっかかった。国境には厳重な警備が敷かれているし、交通手段などもちろん整備されてはいない。以前に行ったときは任務だったから時間制限付きで送り迎えがあった。

 今回それを期待することは当然できないので、自力潜入するしかない。とにかく次の定期報告までにラグドラリヴに潜入しないと、機会はなくなるのだ。新しい任務が言い渡される前、そしてまだ本部に自分の離反が知れる前に、迅速に行動しなくては。

 ウエストポーチに常備している国境付近の地図を睨みつける。警備の状況なども書かれている裏神官専用の地図だ。警備は詳しく書かれているが、観光目的には使えず、ホテルなどで掲載されているのは国営のものだけである。

 これに観光ホテルなども載っているならいつも案内板を探すこともないのだが、そううまくもいかない。これ一つがすでに国家機密の(かたまり)である。

 あまり余計なことを書き加えるわけにはいかないのだ。もっとも、彼女のような少女がそんなものを持っているとは誰も思わず、通行人は気にも留めていなかった。

 旅行なのか家出なのかと眉をひそめている者は多少いたようだが、ユイは気にしていない。しばらく眺めて、警備に数箇所の穴を見つけた。無論、普通の人間なら全く気づかないほどの穴である。もし気付いても、決して実行する気にはならないし、まずできないだろう。

 身体強化をされているユイだからくぐれる穴である。

 なんどか見直し、やれそうだと見切りをつけ、ユイは地図をしまった。

 まずやることは寸前までの交通手段の確保。行くまではさほど時間はかからない。

 この町からなら半日もかからず着けるだろう。あとは一日分の水と食料だ。世界が終わるスイッチを押すまでは、ちゃんと考えなければならない。たどりつく前に阻まれてもいけない。行動は慎重に、かつ敏速に。

 ユイは何気なく歩きながら、小さな観光ホテルの脇までたどりつく。そこから路地裏に入り、リュックから携帯を出す。人目はない。

 2mほど跳躍して携帯を壁のでっぱりの上に置いた。ここなら人目にはつかないから誰かに拾われるということもないだろう。そしてこれで、もし携帯からユイの居場所を探せばこのホテルにいる、とごまかせる。機械オンチな彼女は機械にあまり期待はしていないが、ちょっとの時間稼ぎくらいにはなるはずだ。

 携帯を置き去りにし、次はハイエリア線に向かう。急ぎなので朝のようなローカルエリア線は使わない。こうなってみると給金が出たばかりなのはタイミングが良かった。

 気にせず使うことができる、そう思ってユイは苦笑した。

 世界を滅ぼすための交通費を五皇国の一つ、セイリオスが出したという皮肉に気がついて。

 一生懸命に自国を守るために鍛えた裏神官が離反し、世界を滅ぼそうとしていると気がついたら、上層部はさぞ慌てるだろう。

 適当な座席に乗り込んでそんなことを考えたら、少しおかしくなって小さく笑ってしまった。

 向かいの席にいた中年の男がこちらを見ていぶかしげな表情をしていたのも、なんだかおかしかった。おそらくは学校をさぼってどこかへ遊びに行こうとしている素行不良の少女とでも思われているのだ。

 違うよ、と言ってやったらどうするだろう?

 わたしはこれから世界を滅ぼしに行くんだよ。

 ……正気扱いはされないなぁと、ユイはうつむいて苦笑した。

 たしかに正気とは思えないようなことをしようとしている。

 存在すら怪しい『破滅』を目覚めさせるために行動するなど、普通の人間なら考えまい。ましてそのために命をかけるなど、どう考えてもおかしい。

 行けばまず確実に自分は死ぬのだ。『破滅』があるなしに関わらず、禁忌の地に入り込んだ罪は重い。たとえ裏神官であろうと消されるのは間違いない。

 自身の死を目前にしても彼女の心はそよとも揺らがなかった。さんざん他人を手にかけておいて、今更自身の死が恐ろしいなどという神経はないのだ。

 これで全てのしがらみから開放されると思うと、いっそ気が楽になった。

 どんな形であれ、自身が選んだ終焉が待っている。

 ラグドラリヴで何もかも終わるのだ。

 ゆるやかに列車が発車する。夕べの雨が嘘のように青く晴れた空が見えた。

 雲はわずかで、晴天といってもいい天気だ。

 世界が終わる日とは思えないが、いざ滅亡する日というのはこんなものなのかもしれない。

 何の変哲もない日が世界の終わる日。

 誰も予想しない終わりの日。

 普通の人は洗濯日和と思うだろう。そんな日だ。

 窓から入ってくる陽射しがやわらかく暖かい。うっかりすると眠ってしまいそうだ。

 コツンと窓に頭をもたれて、ユイは外を眺める。スピードにのって景色はめまぐるしく流れていくが、彼女の目には支障なく見えた。

 町並みは整っていて、歴史的な価値もあるのだろうが、彼女には美しいと思えなかった。

 ぐんぐんと町は遠ざかり、次の町、また次の街を通り過ぎてゆく。

 灰色の世界。どれだけ花に彩られようと、華やかに飾られようと彼女には全て無意味だ。

 裏側で生きてきたユイに、表の美しさはどうしてもまやかしに見えてしまう。

 さほど楽しくもない列車の旅は二時間ほどで終わった。

 ついたのはオークスというちょっとした規模の街である。国境に近いため交通の便が良いところだ。

 国境まではまだもう少し距離がある。ここいらで食料などを買い込んでおこうと、目に付いた店に入った。全国的に展開しているチェーン店のひとつだ。弁当などが多彩で、ユイも何度か利用したことがある。どうせ長い間食料を持ち歩くわけでもないので、保存のことは考えなくとも良いだろう。

 手軽に片手で食べられるものがいいなとケースを覗き込む。

 スモークサーモンとハム、チーズのサンドイッチが目にとまり、それにした。あとはお茶と果汁を一本ずつ。

 一応念のために、保存に適していて栄養価も高いチョコレートを二つ買っておく。どれもクマウエストポーチに詰め込んだ。準備はこんなものだろう。忍び込むのだから身軽なほうがいい。武器はいつもの傘と――自分。

 それで充分。

 買い物を済ませ、店を出るのに要した時間は10分ほどだった。混んでいなければ5分もかかっていなかっただろう。年頃の娘にしてはずいぶんと決断力があるが、味気ないことこの上ない。

 とうのユイ本人はなんとも思っておらず、さっさと店を後にした。のんびりしていては、時間が過ぎるだけ無駄になる。

 前を見据えて歩き出す。彼女の先にあるのは希望ではなく終焉への切望だ。

 国を守るべき者が滅亡を望むなど笑い話としても質が悪い。なお悪いことに彼女は本気だ。 現実の中で滅亡を引き起こそうとしている。

 あるかどうかも分からない『破滅』に自分の全てをかけて。

 ……愚かなことだ。彼女自身も馬鹿なことをしていると感じてはいる。

 それでも、止める気はない。戻る気もない。

 歩みには何の迷いもなく、惑いもなく、目的に向かって進むだけだ。

 オークスの街中で案内板を見つけ、国境近くまでの移動方法を探す。幸い、交通の便はいい。方法はいくつもあったが、やはりラグドラリヴに入るまでは行かない。

 この際近くまで行くことができれば充分だ。そこからは自力で国境を突破する。

 エリア間をつなぐバスに乗る。これが一番早い移動手段なのだ。

 30分ほどで国境近くのエリアについた。他の乗客に混じってバスを降りる。

 一旦エリア内に入ってから、別の出入口から出る。あとは国境に向かうだけだ。

 エリアが近い場所は土産物の店が多かったが、歩いていくうちに店は少なくなり、ごく普通の民家が続くようになってきた。

 平日のためにあまり人の姿はない。好都合ではあった。わき目もふらずに歩くユイの様子はどう見てもおかしいだろう。思いつめた様にも見えるので、下手をしたら自殺でもするのではと心配されそうだ。

 まぁ、これから彼女がすることは、間接的な自殺でもあるので間違いではない。

 世界を道連れにしたえらく迷惑な自殺なのだが、成功するかどうかも分からない不確実なものだ。彼女も成功するとは考えていない。

 五皇国に一泡吹かせてやりたいだけとも言える。

 セトラの後継者などと言ってくる、上層部の勝手な者たちがこの自分の裏切りを知ったら、少しはあわてるだろうか?それを考えたら愉快だ。

 捨て駒のように自分たちを使うのに、その捨て駒に噛み付かれる事など考えもしないのか。噛み付いてやろうではないか。喉首を噛みちぎってやる。

 捨て駒にも意地があるのだと思い知るがいい。

 ――そんなことを考えて歩いていたら、すぐに目的地に着いた。

 国境近くの森である。ここを抜けると隣国シルメリアにたどりつき、森を抜け切る前に脇に逸れるとラグドラリヴだ。

 方向さえ間違えなければ、ラグドラリヴに入ることは可能だろう。

 森の中には定期的に国境警備が巡回しているが、こちらは一人で身軽。まして森の中だ、隠れようはいくらでもある。その上、巡回の間隔、警備状況なども分かっているのだから抜けるのは容易だ。

 ユイは何の迷いなく森に踏み込んだ。山歩きには到底向いていない格好ではあるが、彼女にとって不都合はない。

 歩いているうちに一度国境警備に出くわしたが、すぐに伏せたために気づかれることはなかった。

 裏神官である彼女には国境警備など倒すのは容易だったが、この時点で体力を消費するのは良くないと判断し、回避を選んだ。ラグドラリヴで何があるか分からないのだから、無駄に体力を使うのは良くない。山歩きというのは意外と神経を使って疲れるものだし、用心するに越したことはない。

 そうこうして、やがて森の中ほどに達したころ、一旦休憩をとることにした。

 背の高い木に遮られて日の高さは分からないが、昼はとうに過ぎているだろう。腹具合もそう告げている。

 国境警備に見つかると厄介なので、風上を選び、丈夫そうな木に登った。視界の通らないそこそこ高くまで登り、腰掛けて傘を脇にひっかけ、ウェストポーチからお茶とサンドイッチを取り出し食べる。時間がたっているので生ぬるくてあまりおいしくないが、文句も言わず平らげた。

 お茶を飲み乾いた(のど)を潤し、一息入れる。ここからまたしばらく歩くのだ。彼女の足なら、日が暮れる前にはラグドラリヴに入ることができるだろう。

 問題はそこからだ。一言にラグドラリヴと言っても広い。どこに何があるのかさえ分からないのだ。『破滅』がどこで眠っているのかも分からない。手当たり次第探すことになるのだろうが、骨が折れるのは確かだ。

 厄介だ。調べようにもここではどうしようもないし、そもそも機密情報だ、ただでさえ頭を使うのが苦手なユイにはラグドラリヴの詳細を調べることなど至難の(わざ)である。こんな調子では、セイリオスの追っ手がかかる前に問題の『破滅』までたどりつけるかどうかも怪しい。

 せめてどの辺りを探せばいいか目算でもあればいい。大体この辺という目安があれば、大分体力の配分が違ってくる。帰ることは考えていない。一旦ラグドラリヴに入ってしまえばまともな体で出てくることはありえないだろう。

 世界ごとなくなるか、あるいは死ぬのは自分だけか……そのどちらかだ。

 どちらでもいい。彼女はあっさりと割り切って木から降りようとし、思いとどまった。

 人の気配を感じる。とくに気配を消そうともしていないので、山菜でも採りに来た一般人かあるいは密入国を図った者か。さっき巡回したばかりなので、国境警備の者ではないことは確実だ。

 逃亡犯という可能性もある。まともな人間ならこんな森の中を通りはせずにちゃんと整備された道を通るはず。

 ユイは油断なく周囲をうかがった。自身の気配はこの森に入ったときからずっと消している。彼女の姿は森の(こずえ)が隠してくれているので、むこうからこちらは分かるまい。

 ――一体何者だ? ガサガサと木を掻き分ける音がする。森の中を歩くことに慣れていない様子がうかがえた。地元の人間が山菜取りに来たというわけではなさそうだ。

 梢の隙間をすかして見ていると、やがて姿が見えてきた。まず見えたのが、森の緑にまぎれない灰色の髪。

「……?!」

 思わず呻きそうになったのをなんとか噛み殺す。こんなところにいるはずのない人間だ。

 そしてユイの会いたくない人間ランキングTOP3確実な男である。

 ケイ・カゲツ――イグザイオの軍人が何故こんなところにいる?!


ここから第二章です。今しばらくお付き合いください。

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