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みえるもの・できること  作者: マオ
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壱章・発端……始まり・5

 移動手段は特に指定されていないので、ごく普通にローカルエリア線を使って隣町カンジューラへ向かう。

 切符を買って改札を抜け、適当な席を見つけて座った。平日の車内はすいている。通勤や通学に速度の遅いローカルエリア線を使う者はあまりいないのだろう。

 ただ、料金は安いので急ぎの用がないときはこれを使う人は多い。ユイも今は特に急ぎではないだろうと見越してハイエリア線でなくこちらを使った。

 六芒星がついてはいても、よく知らない人から見れば、彼女の見た目はどこかの学校の女生徒で通るだろう。マントをつけているので魔術校の生徒とも見える。ほぼ寮生のため、ほとんど外に出てこない魔術校の生徒と勘違いして、物珍しげに眺めてくるような失礼な者もいたが、声をかけてくるほどでもなく平穏に隣町に着いた。

 着いたはいいがこれからどうしようとエリア前で考え込む。ここには裏神官の滞在している教会はないので、滞在する場所は自分で調達しなければならない。

 幸い、給金が入ったばかりなのでどこに行こうと余裕はあるが……カンジューラにくるのは初めてなのでどこになにがあってどの程度の施設で値段はどのくらいなのか、目安がわからない。

 エリア前にはたいてい街や市の案内魔術板があり、訊きたいことがあればたいてい答えてくれるのだが、ここの案内板は壊れていた。何を訊いても「イラッシャイマセ」を繰り返すばかり。人に尋ねるしかないが気は進まない。以前家出ではないかと疑われたことがあるからだ。

 平日。

 しかも制服姿。

 そのうえ女の子一人。

 あまつさえ少し大きめなウェストポーチをつけて宿泊施設の有無を訊く。

 その軽装な格好から旅行などの様子でもなく、保護者もついていないようだ。

 おまけに曇ってもいないし、天気予報でも雨が降るなどとは言っていないのに傘を持って。

 どう見ても変である。

 まともな大人なら保護しようとするだろう。

 これだからこの武器(クマさん傘)嫌なんだ、とユイは肩を落とした。

 晴れている中で傘を持ち歩くことがどれだけ違和感があるものなのか、上層部の連中は考えたことがないに違いない。クマ傘自体は可愛らしいからそれほど嫌いではないけれど、どうにも普段持ち歩くにはちと変だ。

 せめて折りたたみ風ならまだ「雨が降ったときのために」と言い訳もできるだろうに。

「……ここでこうしていても仕方ないよな」

 つぶやいてユイは歩き出す。人に訊くのはやめにした。補導されるのはまっぴら御免だ。

 裏神官ともあろうものが一般の人間に補導された、などと笑い話にもならない。

 下手をすれば再訓練だ。それも御免である。あの厳しい訓練をもう一度やれというなら補導しようとしてくる人間を切り捨てて逃げる。

 始末書や査問会のほうがずっとましだ。

 歩いているうちにどこかで案内板があるだろうと見越して、適当な方向に向かう。

 指令が「どこそこのホテルで待機」というものならもう少し楽だったなと今更思い返した。

 それにしても、今までにない妙な指令だった。何かをしろというわけでもなく、ただ移動しろなどとは。

 そのうち任務が言い渡されるのかもしれないが、それならば滞在先が指定されるはず。

 連絡先も分らない所で待機など異例である。一応携帯もあるし、定期連絡は入れるつもりだが、ここでは端末を探すのも骨だ。

 自分で端末は持ち歩いてはいない。過去何度か壊したことがあり、それ以来上層部は彼女に端末を持たせようとはしていない。やたら高価な端末を壊されるよりは懸命な判断ではあるが、どちらにせよ機械オンチのユイには不便にさほどの差はなかった。

 携帯でいろいろ検索をかけられるのは知っているけれど、機械オンチには荷が重い。

 結局案内板を探して歩き回るのが彼女にとって一番無難なのだった。

 歩き回っているとやがて観光案内所と看板が出ているところを見つけた。これ幸いと中に入ってみる。

 小さな町だが観光できるところはそれなりにあるらしく、中は観光地のみやげ物が並んでいた。休憩もできるようにスペースがとられていて休めるようになっている。

 宿泊施設を探す前に、少し見ていこうかという気になった。ヒマだし、やることもないので、時間つぶしにはいい。

 ジャムらしい瓶が置いてある棚を覗き込んでみる。この町の名産はポポロという果実のようで、瓶にはポポロジャムとあった。りんごのような梨のような形の黄色い果実の絵がラベルに描かれている。ジャムも黄色い。なんとなくすっぱそうな印象を受けた。

「試食してみますか?」売り子に声をかけられ、首を横に振る。

 ジャムなど買っても持ち歩くのが億劫(おっくう)だ。大概(たいがい)一人で行動する上に、ひとつ所に留まることは少ないのだから、全部食べ終わる前に傷んでしまう。食べ物など日持ちすれば味は二の次だ。

 ひどく味気ないことを考えていると知らずにユイはみやげ物を見ていく。ほとんどが食べ物だ。乾物なら買ってもいいかなとぼんやり考えたが結局何も買わなかった。

 買い物にあまり執着はしていない。同じ年頃の同僚などはふところが暖かくなると、嬉々として買い物に出かける。

 ところがユイは違う。別段欲しいものもなく、やりたいこともないので金の使い道もない。服なども動くのに邪魔にならなければそれでいいという観念の少女なので、金の使い道は任務時の宿泊先や飲食、交通費くらいだ。

 任務での出費は経費で落ちるような代物ではないので、その分給与は高くなる。

 高くなるとはいえ、使い道がないと楽しみもない。同世代の少女がはしゃぎ、楽しそうにショッピングをしているのを見かけるたび、なぜあんな風に楽しめるのかユイには理解できなかった。

 自販機でお茶を買い、休憩スペースに座る。平日の午前中に何故学生が?と奇異の視線を売り子などから感じた。いろいろ想像しているのか、こちらを見ながらヒソヒソ話している者もいる。

 ……そのうちどこかへ通報されそうだ。長居しないほうがよさそうである。

 平日に未成年が行動するのはいろいろと厄介だと痛感した。

 そうかと言って大人になるのは嫌だ。

 この国の大人に限らず、あちこちでいわゆる『立派な大人』であるらしい要人を見てきたが、尊敬出来るような者は一人もいなかった。こんな人間を守る価値があるのかと感じるような者ばかりだった。

 大体にして、未成年に裏神官などをやらせるような大人がいるということからして世の中が腐っている証拠だろう。自分たちの手は汚さず、年端のいかない少年や少女にやらせる。そのくせ富を(たくわ)えることはいとわず、どんな手でも使う。

 政敵を『排除』させるなど珍しくない。昨夜ユイがしたように。

 彼女は世界に絶望していた。特定の誰かが憎いとか、恨んでいるとかではなく、ただ世界が嫌いだった。とても醜いものだと認識している。

 シルメリアで薬もなくやせ細って死んでいく幼児を見た。そこの高官は毎晩、高級酒場で豪遊していた。高価な酒を飲み高価な食事を食べ、贅沢の限りを尽くしていた。死んでゆく子供など知らぬと言い切って。

 イグザイオでゲリラ相手に戦ったことがある。ゲリラとは名ばかりの、実際は貧しい家族を守るために戦っていた農民で、武器を持ったこともないような相手はいともあっけなく『排除』されていた。

 例をあげればきりがない。どこにでも腐った人間はいる。ゴキブリと一緒だ。いや、叩く者もいないからより性質が悪いかもしれない。そういう人間はたいてい『権力』を持っている。そして自分の身を守ることに恐ろしく長けているのだ。

 この世界には醜いものしかない。裏神官の彼女はそう思っている。腐りきった人間が導く国など綺麗であるわけがないのだ。そこに住む人間もやがて腐り、壊れていくのだろう――自分のように。

 ちっぽけな世界だ。ちっぽけで醜いことこの上ない世界だ。どうしてこんな世界でみな生きてゆこうとするのだろう? 自分も生きているのだろう。

 大切な何かがあるわけでもないのに。全部が醜く暗いと知っているのに。

 馬鹿らしい。生きていて、何か意味があるのか。

 手にしたお茶はじんわりと温かいがユイの心までは届かない。

 ……そして、少女の絶望を深める出来事は次の瞬間起こった。

 休憩スペースに置かれた通信画面に速報が流れたのだ。

 文字が流れる。少しして画面が切り替わり、速報ニュースになった。

 あわただしく司会が急を告げる。

 それを見てユイは画面に釘付けになった。

 司会者が告げている場所。告げている名前。

「本日9時33分、ラクリマ・ラニ市のセリオス教会が何者かによって襲撃されました。

礼拝日ではなかったため、一般市民に犠牲者はありませんでしたが、教会の関係者が一人犠牲になった模様です。詳しいことが分り次第、順次お伝えしていきます……」

 放送は続いていたがそのほかはどうでもいい。

 ラクリマ・ラニ市。

 セリオス教会。

 それは隣街だ。先ほどまでユイがいた街だ。つい一時間前までユイが滞在していた教会だ。

同僚のラニ・ソルトが情報収集の足がかりにしていた教会だ。

 彼女が滞在している間は他に教会の人間はいなくなる。一時的に『教義を広める』との名目で他国や遠方の町へ出張させられる。

 だから今あの教会にいる『関係者』は……彼女(ラニ)一人だ。

 誰かが犠牲になったのならそれは間違いなく彼女だ。

 他に人がいないのだから、結論はそれしかない。

 そして不可解な指令の謎も解けた。

 今すぐに移動しろと厳命したのはユイにこの襲撃を避けさせるためだろう。

 上層部は襲撃があるのを知っていたに違いない。そうでなければあの指令はおかしい。

 知っていて、なおかつそれを『阻む』のではなく『避ける』ように指示したのは何故だ?

 納得がいかない。阻むことのほうが簡単のはずだ。ユイもラニも裏神官。二人もいるなら普通の兵士一個中隊が来ても立ち向かえるくらいの技量は余裕である。そこらのゲリラやテロリストでも二人ならどうとでもできたはずだ。

 それなのに上層部はユイを教会から退けた。

 結果ラニが犠牲になった。調べるまでもなく唯一の犠牲者は彼女だろう。

 上層部はラニを見捨てたのだ。ユイにはそこから離れろと厳命しておいて、ラニには何も言わなかった。そこに何らかの思惑が絡んでいるのは間違いない。

 なんにせよラニは上層部に殺されたようなものだ。彼女を守る意思が無かったのだから。

 ユイよりよっぽど忠誠心のある彼女がどうして見捨てられたのだ?

 まがりなりにも裏神官の彼女が何故やすやすと殺されたのだ?

 上層部はいったい何を考えている?

「……所詮、捨て駒か……?」

 低くつぶやく。ラニにはもう会えない。

 それほど親しい仲ではなかった。ラニは面倒見が良く、誰に対してもあんな感じだったから、特に感慨(かんがい)はない。ケイ・カゲツ関連のことに関してはうるさいとさえ思っていた。

そ れでも見捨てられるような少女ではなかったはずだ。見捨てられるならユイのほうこそふさわしいとさえ思うのに、現実に見捨てられたのはラニだった。

 納得がいかない。疑問が残る。

 どこに問いただしても答えなど得られないだろうが、それでも解ることはある――セイリオスはいともたやすくラニを捨てたということだ。

 裏を返せば、それはユイもいつかこうなる可能性があるということ。

「そうか……そんなにまで腐っているんだな」

 空の紙コップを握りつぶし、ユイはしぼり出すように呻いた。

 自分はいつか死ぬだろうと思っている。くだらない理由で死ぬだろうと感じていた。

 どうせ死ぬのなら。

「……ラグドラリヴ……」

 ユイは決心した。



「世界など滅んでしまえばいい」


ここで壱章が終了しました。

彼女の絶望は深く、大きい。そしてその果てに待つものは? 続きます。

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