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みえるもの・できること  作者: マオ
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壱章・発端……始まり・3

「ラニ・ソルトは、すごいな……」

 彼女は機械による身体改造を受けていない。もしケイと交際を始めてうまくいってもなんら支障はないのだ。普通の交際というのは難しいだろうが、もともと裏神官をやっている彼女と、軍の要職についているケイなら、お互い多忙なことは間違いないがさほど違和感などなく付き合っていけるに違いない。

 ユイが橋渡しをしてやるのは、セイリオスのためにもなることだろうが、はっきり言って気は進まない。

 携帯をいじるのも、ケイにラニの連絡先を知らせるのも、ひたすら厄介なこととしか思えない。大体、ケイが素直にラニに連絡するだろうか。

「……うまくいくと思えない……」

 あの冷血男が、にやけた顔でラニにメールするところとか、デートでラニと腕を組んで歩いているところなんかを想像しようとして、できなかった。

「き、気色悪い」

 真剣に鳥肌を立ててしまうユイだ。比喩でなく寒気がしてきたので、考えるのをやめた。

 まあラニが本気というのは良く分っているので、メールのあて先だけでもケイに教えるくらいはやってもいい。それから先は当人たちがすることだ。

 なにせユイはこういうことにひどく疎い。今だ初恋すらしたことがない辺りで知れよう。

 ラニに相談を持ちかけられても答えようが無い。もっともラニも相談というよりはケイに関する報告を聞きたいだけのようだが。

 しかし、あの熱意はまるで芸能人でも追いかけているかのようだ。裏神官の任務を、ひと時でも忘れたいからではないのか、ともちらりと思った。

 ラニのような娘には裏神官の任務は(こく)すぎる。彼女はユイと違って人を傷つけることを怖がる。人の痛みをきちんと感じることができる娘だ。

 壊れているようなユイとは違う、優しい娘なのだ。だから特性なし、特殊戦闘には向いていない、と情報収集にまわされた。それでもいろいろ苦労があるのだろう、時折泣いていることをユイは知っている。

 他の人に心配をかけないように、一人静かに声を殺していた彼女はとても優しいと思う。

 自分とは違う。ユイはそう思った。自分は人のためには泣けないだろう。

 そもそも泣き方も忘れてしまった。この先泣くこともおそらくない。

「ラニ・ソルトはすごいな」

 もう一度そうつぶやいて、ユイはベッドに横になった。制服は着たまま、スカーフや六芒星の髪飾りを外す。特にスカーフは外さないと寝ている間に首が切れる可能性があるのだ。スカーフを枕の下にいれて目を閉じる。

 眠気はすんなりやってきた。いまさっき人をこの手で仕留めてきたのに、ユイの心に罪悪感はない。そんなものを感じる心すら日々の任務で削り取られていった。もう残っていないのだ。この心には、罪の意識すらない――壊れている。

 ユイはそれを自覚していた。眠気の中、うっすらと思う。

 なんとも思わないことは、果たして幸せなことなのだろうか?

 心の痛みも、他人の苦しみも、悲しみも、わからなくしてしまうのは幸せか?


(それはほんとうに『    』?)


 寸前に思ったことは眠りにかき消された。



 ――翌日、早朝いつもの時間に目が覚め、シャワーを浴びてから身支度をしているとドアがノックされてラニが顔を出した。金髪美少女ではなく老女の顔で。

「おはよう。食事の用意ができてるわ」顔は老女、声は少女で話しかけてくる。違和感はとんでもない程にあるが、ユイは平然と応対した。

「ありがとう。少し待って。すぐ支度する」

 支度といってもスカーフを巻き、髪飾りをつけ、マントを羽織るだけだ。制服は寝巻きとして使っていたにもかかわらずしわ一つない。特殊素材でできているだけあって、めったなことでは着崩れもないのだ。それでも一応パタパタと手で軽くはらって整える。

 置かれていたブラシで髪をさっととかして、支度は終了。

「おまたせ」

「早いわね……」あきれたようなラニの声にユイは少し首をかしげる。

「早いのが悪いの?」

「悪くはないけど」まじまじと顔を覗き込んでくる。

「な、なに?」

「かわいい顔してるのに……」ぶつくさと呟く。

 さすがにユイも眉を寄せた。何が言いたいのか良く分らない。

「何の話」

「いくら神官だからって、アンタもうちょっとおしゃれに気を使いなさいよ、年頃なんだから!」……どうリアクションをとればいいのか。

 人間兵器がおしゃれ?そんなことをしてどうする。

 ユイは明確に必要性を感じないのだが、ラニは熱弁をふるう。

「いつ見初(みそ)められるかわからないのに! 特にアンタは各国の偉い人と会うことが多いんだから、いつプロポーズされてもいいように身だしなみには気を使わなきゃ!!」コブシを振り上げる彼女の熱意はどこからくるのか。根拠はないだろう、間違いなく。

「いや、ラニ・ソルト? ちょっと待て?」

 とめても無駄かなと感じつつ、声をかけてみる。

「ありえないだろう、それは」

「なんでよ? アンタ可愛いもの、絶対その内どっかからお声がかかるわよ」妙に自信たっぷりに言いきっている。理解できないほどの自信だ。

「まぁべったり化粧しろっていうわけじゃないから。でもちょっとくらいは化粧も覚えたほうがいいわよ。せっかく可愛いんだから」老女の顔でウィンクしてそんなことを言う。

 さっぱり理解できなかった。裏神官がおしゃれなどして意味があるのか。

 情報収集ならば色仕掛けなどを考えたが、ユイの仕事は『暴漢』の『排除』だ。言わば肉弾戦闘ばかりである。自分より遥かに大きい男でも躊躇(ちゅうちょ)なく叩きのめしてのけるユイを、どこの誰が見初めるというのだ。こんな化け物を娶りたいというのならばよほど奇特な人物だろう。いるわけがないし、ユイ自身にそのつもりなど毛頭ない。微塵もない。

「ありえないと思うが……」

 部屋を出て、キッチンに向かいながらつぶやくと、ラニは反論してきた。

「だから、なんでよ?」こっちこそ理解できないと言いたげだ。

「神官だぞ、わたしは。しかもセトラ・オウンゴンのなんちゃらとか言われてるくらいの」

「いいじゃない、別に。機械改造受けてないんでしょ? セトラ・オウンゴンは機械化してるだろうけど、アンタはまだ投薬くらいでしょ?なら子供産むのだって支障ないはずだし」……どうも会話にずれがあるように思えてきた。ラニの視点と自分の視点とではそもそも見ている角度が違うようだ。

「だーいじょうぶよ、アンタは可愛い! アタシが保証してあげる」などと言われても困るだけなのだが、反論するのも無駄のような気がして黙ってラニの背後で苦笑した。

 まぁ、悪口ではないし、あまり拒否するのも悪い気がしてきたので、とりあえず礼を言うことにする。

「そうか、ありがとう」

「……無感情に言われてもあんまり伝わってこないわねー……ってアンタ本当にそう思ってる? めちゃめちゃ棒読みだったわよ?」疑わしげな声が返ってきた。

「わかった、もう言わない」

「……それもいやだわ……」今度はムッとした声が返ってきた。

 どうしろと言うのだろう。対応に困り、無言で通す。

 キッチンでテーブルについて、ようやく違うことができると思ったが、ラニは離れなかった。テーブルの上では野菜たっぷりのコンソメスープ、とろけているチーズが乗ったパン、カリカリのベーコンエッグなど質素だが味は悪くないだろう食事が並んでいるのに、食べられない。

「アンタ好きな人とかいないの?」……話題を変えたい。ユイは心底からそう感じていた。

 これみよがしにぶつくさと普段はやらない食前の祈りをささげてごまかそうと試みる。

「ねぇ」ラニは許してくれなかった。仕方なく答える。答えなければいつまでたっても食事にありつけそうにない。

「いないよ……前にも言ったじゃないか、興味がないって」

「それじゃ困るのよぅ」唇をとがらせる彼女。

「困る? 何故」

 ユイの異性観で何故にラニが困るのだ。これはおかしい。さすがにそう思ってラニを睨む。

「上層部からか? わたしの何を調査している?」

「なにも。これはアタシの個人的興味」うっふっふとラニは異常に楽しそうだ。

「ほんとうに?」

「ほんとうに」うそだな、とユイは確信した。ラニの目がわずかに泳いでいたからだ。ユイの強い視線に気の弱いラニが隠し通せるわけがない。

 しかし、これ以上彼女を問い詰めても彼女を追い詰めるだけだろう。上層部の命令で何かを調べているのなら、口にできないことのほうが多いはずだ。

 ユイはわかったと答え、食事を始めた。心の中には疑問が広がっている。

 上層部に調べられるようなこととは何だろう? わたしは気がつかない内に目をつけられるようなことをしたのだろうか? 調査が入っているのなら遠からず聖都に召集されるだろう。

査問会を受ける羽目になるのだろうか?

 しかし一体何をした? 任務はごく普通に(おこな)っている。失敗もしていない。大体失敗はそのまま死を意味するのだ。ここにこうしている以上失敗はありえない。

 2日に一度の定期報告もちゃんと入れている。命令無視もしていない。

 調査を受ける理由は全く思い浮かばなかった。まして自分の異性観など調べてどうするのか、さっぱりわからない。

 食事が終わるころにはユイは考えを捨てた。調べたければ調べるといい。

 困ることはないし、言いがかりで処罰されようと構わない。

 自分にこだわりなどなかった。人の命をなんとも思わないようにユイは自分の命もなんとも思っていなかった。いずれどこかで死ぬだろう。早かろうが遅かろうが構わない。

 どうせ他にやりたいこともない。ならば命に価値もない。

 いっそ、とちらりとテーブルの隅に置かれた聖書に視線を向ける。

 聖書にある一説が頭に浮かんでいた。

 禁忌・破滅・ふれてはならぬもの。それはありふれた終末の伝説。

 五皇国のどの国にもある、けれどどの国でも解釈が違う、禁忌の存在。

 セイリオスでは、太古に繁栄していた「(ぎん)()の民」が生み出した、世界を滅ぼすほどに強力な最終魔術だと言い伝えられていた。

 そんなものが禁忌の地には封じられている、と。

『禁忌に触れて全てを無にしてしまおうか――』

 そんな考えがユイの心にするりと入り込んだ。一瞬後には彼女自身によって否定されたが。

 世界を滅ぼすほどに強い魔術などありえるはずがない。大体、禁忌の地にはなにもない。  『裏』神官になってから一度行ったことがあるのだ。

 五皇国の中心、ラグドラリヴと名付けられた土地だが、本当に何もない場所だった。

 あるのは森、川、草原と自然だけだ。住んでいる者もいない。禁忌の地と言われている所に住む奇特な者などいないのだろう。たとえそれが迷信でも、やはり気持ちのいいものではない。

『全てを滅ぼす力が眠る地』などと眉唾がいいところだ。それでも行きたがる者はまずいない。住むなどもってのほかだ。

 ユイとて好きで行ったわけではなかった。

 指名手配になっていた逃亡犯が入り込んだせいで、立ち入り禁止のラグドラリヴに行く羽目になったのだ。行ってみればなんと言うこともない、ただ自然の広がる場所だった。

 バカンスや休息には向いているだろう。宿泊施設などはないから、アウトドアの心得がないと不便だろうが。

 行ってみてなんでこんな所が立ち入り禁止区域になっているのか、しみじみ疑問に思ったものだ。その時の指令も『逃亡犯を見つけてもラグドラリヴ内で排除はまかりならない。必ずラグドラリヴから出てから処分すること』などという不可思議なものだった。

 裏神官にはどこだろうと犯罪者を『排除』する資格があるというのに、その時はその特例すら認められなかった。

『ラグドラリヴを血で汚してはならない』そうも言われた。

 何もない場所をなぜそこまでして護るのか?

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