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みえるもの・できること  作者: マオ
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壱章・発端……始まり・2

 タオルを投げ出し、差し出された携帯を受け取った。任務の最中には邪魔にしかならないからと預けておいたものだ。もっとも持っていたとしても彼女はめったに使わないし、使えない。本当に機械オンチなのだ。持ち歩くのもうっとおしいくらいである。

 便利は便利なのだろうが、どうにもなじめない。これで監視もされているのだろう。

 そのくらいの技術があることはいくらユイでも知っている。

「メールがきていたようですよ」車を走らせながら男が言う。「こんな時間にメールなんて、彼氏でもいるのですか?」妙に軽口をたたく男だ。バックミラーでちらちらと彼女を見ているのがうかがえた。興味があるらしい。

 こんな少女が裏神官なんてと思っているようだ。確かに珍しいだろうが、珍獣扱いされているようで気に障る。

 ユイは相手にしなかった。男はしばらく彼女の気を引こうと話しかけてきたが、やがてあきらめたようだ。

 しばらく車中に沈黙が満ちる。窓に流れる水滴を目で追いながら、ユイはふと思い出した。

 メール? わたしに? 誰から。彼女に恋人など存在しないし、メールなど使ったことが無いのでやり取りをする相手もいない。携帯は電話機能だけで手一杯だ。

 もちろんこんなもので任務の有無のやり取りなどしない。メールの相手に心当たりなどまったく無かった。携帯を手に取り、見てみる。

 どこをどう見、いじったらいいのかも分らない。駄目だ、と彼女はすぐにあきらめた。

 どうせいたずらか悪質な勧誘、詐欺メールの(たぐい)だろう。

 そう見当をつけて携帯をしまった。その頃には降りる場所に着いている。

 運転手役の男はここまでだ。何も言わずにユイが車から降りるのを男は興味津々で見ている。何か言ってほしいのかも知れないが、彼女に男の興味を満足させる義理も義務も無いので無視して傘を広げる。雨足は大分弱まってきていた。水たまりをよけずに歩く。

 背後で車がなかなか去って行かないのを感じ、あの男はだめだな、と思う。

 好奇心が強すぎる。いらないことまで聞きたがるタイプなのだろう。

 そういう人間は裏に関わると早死にする。

 今回ユイが手を下した家族のようにいずれ消される。

 まぁ、どうでもいいことだ。どこで誰が死のうが生きようが、自分には関係ない。

 ひたひたと歩きながら、雨の音に耳をすませた。他には何も聞こえない、夜の静かな雨。

 今日泊まるところまではもう少し歩かねばならない。尾行をさけるためとはいえ、面倒なことだが、こんな夜なら悪くない。

 ユイ意外誰も歩いていない。辺りは暗く、建物の明かりも見当たらない。

 普通なら心細く感じるところだろうが、ユイは違う。

 闇は彼女の友だ。長くそうである。闇にまぎれて彼女の存在はあるのだから。

 雨も優しい。この冷たさすら、彼女には優しいものだった。それ以上の優しさを彼女は知らないのだから。

 己が哀れな存在だと知らない少女。だが、知らなければなんということもない。

 ……ほどなくして、今夜の宿が見えてきた。教会である。

 セイリオスがあがめる『唯一神セリオス』の教会だ。セイリオスという国の名はこの神からいただいたものだと教会は問いている。本当かどうかユイには分らない。大体、神学の教義などまともに聞いたことが無いのだ。学位としては一応修めているが、単位ぎりぎりだった。彼女が持つ学位などほとんど書類上のものだけで、実質、学など無いも同然だ。必要最低限のことだけ分っていれば良い、とあまり教えてもらえなかったこともある。

 妙な知識を与えると、なまじ強化されている裏神官だけに、危険なことになりかねないというのが教官サイドの言い分らしい。

 別段不便は感じていないし、勉強が嫌いなユイにはむしろ願ったりだったが。

「すいません、『子羊』です。一夜の宿をお貸し願えませんか」

 コンコン、ココンと一定のリズムでドアをノックする。ノックの仕方が合図になっているのだ。すこししてドアが開き、老女が顔を出した。

「まぁまぁ、こんな時分に若い娘さんが……どうぞ中へ。まよえる子羊にセリオスの加護を」 そう言ってユイを招き入れた。微笑んでいるが隙が無い。

 鍵を閉めて老女は「こちらへ」とユイを案内した。

 さほど長くも無い廊下を歩きながら、

「ちょっとアンタ」いきなり若々しい声で老女―――いや、少女は言う。

「聞いたわよ、ケイさんに会ったんですって?」老女の顔のままで。

「ラニ・ソルト……わたしは今、仕事中」

 一応ユイはそう言って注意を促したが、彼女は聞いていないようだ。

「ケイさんに会ったなら教えてって前に言ったでしょ? メールもしたのに返事こないし」

「ああ、メールお前だったの。見てない」

 あっさり答えるとラニはふり返った。「見てないぃぃぃぃ??」地の底から響くかのような声である。しかも老女の顔のまま。

 恐ろしいことこの上ないが、ユイは平然として、いくぶん砕けた口調で言い返す。

「わたしが機械に弱いのは知っているでしょ」

「知ってるわよ。でも見るくらいはできるでしょ!?」

「できない。さっぱりだった。一応見ようとはしてみたんだけどね」

 キッパリ言うとラニは黙った。気配から察して怒っていると言うよりは、呆然としているようだ。

「……アンタ、本当に現代人?」疑わしげにそう言ってきた。

「そうだよ」

「いまどきメールもできない奴なんていないわよ?」

「いや、わたしできないけど」

 ここにいるじゃないかと自分を指差してみせるとラニはまた黙り込んだ。

「原始人……?」しばらくしてからぽつりとそうつぶやく。失礼だ。

 失礼だが、ユイには言い返せない。

「そんなにひどいのかな、わたしの機械オンチは」

 本人としてはとくに困ったことが無いので、気にしていなかった。

 ビデオの録画ができなくても任務に支障などないだろう。

「ひどいというか……ふつうじゃないわ」断言された。「おかしいわよ」とまで。

 むぅ、とユイは眉を寄せる。ケイに言われたぐらいではなんとも感じなかったが、同僚に言われるとまずい様な気がしてきた。ラニ・ソルトはユイと違って、情報収集が主な任務と分っていても。

「まぁ、見てないのは仕方ないけど……裏神官(アンタ)がそれじゃまずいわよ。携帯くらいは使えるようになるのね」そう言ってラニは首の下に手をいれ、マスクをはぎ取った。

 あらわれたのは、ユイとあまりかわらない年齢の金髪の少女だ。なかなか美人である。

「アタシがケイさんのこと聞くとき便利だし」そう、強気ににっこり笑う。

「結局それ?」

 ユイはげんなりした。ラニ・ソルトは奇特なことにケイ・カゲツに想いを寄せているらしい。ユイとしては、あんなイヤな奴を好きになるなんて理解できない。

 以前ラニにもそう言ったことがあるのだが、ラニは「そこがいいんじゃなーい。ユイはまだ子供だからわかんないのよ」とハート乱舞で言い返してきた。

 ……わからなくていい、と思ったことはラニには内緒にしている。

「で、ケイさんどうだった? いつもどおりかっこよかった? 素敵だった?」やつぎばやに質問してくるラニの勢いに、少々どころでなく引きながらユイは首を振った。

「わからない。いつもどおりだったとは思うよ。イヤミ言われたし」

 自分がケイに関して言えるのはそのくらいだ。大体嫌いな相手だ。犬猿の相手でもある。

「いいなぁ、ユイばっかりケイさんに会えて」唇を尖らせるラニは普通の男なら、ころっと転がりそうなほど愛らしい。

「そのうち会う機会はあるよ」

 ユイはそう言って会話を終わらせるつもりだったが、ラニは離してくれなかった。

「ねぇ今度ケイさんに会ったらアタシのメルアド教えてきてよ」と携帯を取り出している。

 ユイはため息をついた。

「他国の男とメール交換するつもり? 知れたらどうなるか考えている?」

「大丈夫よ! 同盟国だし! なんたって相手はケイさんだし!」と理屈になっているのかいないのかよく分らないことを言う。

「……一応、わたし達は『神官』なんだけど、わかってる?」

 念のため、そう訊いた。「わかってるわよぅ」とラニはまた唇を尖らせる。彼女のクセだ。

「ケイさん相手なら文句も無いでしょ。だってあの人をセイリオスに引き抜けたらすごい功績よ? その可能性を考えると反対もされないと思うわ。べつに情報もらすわけじゃないし、ただ個人的にメール交換するだけよ。それでケイさんがアタシのためにセイリオスに来る気になったら万々歳」うふふと幸せそうに言うラニにユイは突っ込めなかった。

 ……ケイ・カゲツが断るという可能性は考えていないのか、と。

 あまりにもラニが幸せそうなので、水をさすのも悪いような気がして黙る。夢を抱くのはいいが、巻き込まないでほしい、とも思った。あまりケイには関わりたくないのだ。任務ででも嫌なのに、この上個人的にまで関わるのはまっぴらだ。

 このままラニがケイとメール交換を始めて、あまつさえうまくいって、ヤツがセイリオスに来て仕事仲間なんてことになったら。

「…………っ!!!」

 寒気がした。しんそこ嫌だ。

「ラニ・ソルト」 

「なに?」

「もういいだろうか? 休みたいの。寒気がしてきた」

 寒気にかこつけて話を終わらせようとする。

「あら、珍しい。雨に濡れたせいかしら」さすがにラニも話を打ち切って部屋に案内してくれた。

「シャワーがついているから、浴びてあったかくして寝るのよ? アンタに風邪でもひかれたらアタシがアンタの代わりしなくちゃならないんだから、風邪なんかひいちゃだめ」実際にラニがユイのかわりに任務につくなどありえないだろうが、彼女なりの心配の仕方なのだろう。 言い方はあまり可愛くなかったが。

「あ、それから明日携帯の使い方レクチャーしてあげる」などといらんことまで言い出した。

「いいよ……使わないから」

 ゲンナリとそう答えるとラニは眉をつりあげた。

「だめ!! アンタにはケイさんにアタシを紹介する義務があるのよ!!」いつからわたしはそんな義務を負ったのだろう? ユイは心にそう問いかけた。

 答えは無い。あるわけがない。ラニが勝手に、かつ強引に決めたのだから。

「じゃ、明日ね。おやすみ、いい夢をセリオスが与えてくださらんことを」祈りの言葉を残してラニは退室した。閉められたドアを見て、

「わたしに選択権は無いのか……?」

 ユイはつぶやいたが、もう遅い。ラニの勢いに押し切られてしまった。あの強さはどこからくるのか、時折真剣に聞きたくなる。

 彼女を見ていると恋するというのはすごいと思う。かつてのラニはあんなに明るくなかったし、気も弱かった。今からは考えられないくらいだ。

「……あの男のどこがいいんだろう……?」

 マントを外しながらユイは心底からつぶやいた。自分はまだ恋の一度すらしたことはないから、よく分っていないだけなのだろうか?

 しかし、あんな男に恋するくらいなら分らなくていいと思うのもまた事実だ。

 『裏』神官などやっていると恋なんてしている暇など無いとも思うが、同僚のラニは立派に成立させている。片思いでも恋は恋、ある意味超人だとユイは思った。

 よく両立させる力があるなぁと、感心してしまう。


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