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みえるもの・できること  作者: マオ
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序章・合縁奇縁腐れ縁・2

 ユイから見れば、ケイはいやみの固まりで、口を開けば腹が立つようなことしか言わない嫌な奴。

 ケイから見れば、ユイは腕っぷしばかりが強くて脳みそのない、阿呆な奴。

 ようは互いが一番嫌うタイプがお互いなのだった。温和に話などしようが無い。

 こいつがいるなら来るんじゃなかった、と互いに深く後悔している。

 本当なら同じ部屋にいるのも嫌だが、あんなことを言われた手前、実際に鍛錬する気は無くとも少し時間をつぶさなければならないだろう。

「なんであんな男の護衛にわたしがと思っていたが……お前がいたからなんだな、ケイ・カゲツ」

 ムスッとした表情を崩さないままユイが言う。不本意な護衛は高司祭やあの軍人を護るためではなく、ケイ――この少年を護るためのものだったのだ。

「まぁな、そうだろうな、俺が死んだらイグザイオの連中には大打撃だろう」

 ケイはけろりと言い切った。

「わざわざセイリオスの『神官』を派遣させるほど、か。迷惑な」

 本当に嫌そうにユイは呟き、傘に手を添えた。見た目よりもずっしりと重いそれは、彼女が何であるのか否応にも感じさせるものだった。

 ケイは何も言わず興味も無いと言いたげに壁際による。視線は窓、小さく穴の開いたガラスを捉えていた。

「三流だな……」

 彼がそう呟いたのを確かに聞いた。まぁそうだろうなと、ユイも思う。狙撃してきた犯人からもユイがいたのは見えたはずだ。おそらくはセイリオスの裏神官ということも分っただろう。ユイのあちこちに六芒星がついているのだから、想像するのは容易だったはずなのに狙撃してきた。その時点で三流だ。

 大抵は裏神官がついていると分った時点で、一流の暗殺者ならあきらめる。かなうわけがないからだ。極限まで身体改造を受けている裏神官に普通の人間がかなうはずがない。

 その防御を突破できる(すべ)も無い。それこそ魔法士か能力者でもないかぎり対抗することは不可能に近い。いや、魔法士や能力者でも難しいだろう。裏神官はそれらに対抗する術も叩き込まれる。いついかなるときでも、何者にも対抗できるように――それが本人の意思かどうかに関わらず、機械のように。

「あまり窓辺に立つな、また狙撃されても知らないぞ」

 そっけなく言うとケイは意外と素直に窓から離れた。まだ死ぬ気はないと見える。

「どこから狙撃されたんだ?」

 そんなことを聞いてきた。

「窓から見て斜め右側の方角100mくらい先の建物屋上だと思う」

「そこまで見えるのか、お前。目に望遠レンズでもはまってんじゃないか、化け物だな」

 視力が悪いケイは眼鏡の奥で目を細めている。

「そこまではまだされていない。これから先は分らないけど」

 視線を落とす。可愛らしい傘を雨の日でもないのに携帯している自分。傘としても使えるがこれは『武器』だ。自分のために造られた特製の『武器』。

 ……人を害するための道具。

 それは自分も同じだ。裏神官としてのユイ・ヒガ。特別にあつらえられた『人間兵器』。

 ユイはぼんやりと思い返す。つい先日、任務で五皇国のひとつ、ヒニアを訪れた際のことを。そこでの任務はちょうど今日と同じく要人の警護だった。

 ヒニアでは貴族の反乱騒動が起こっており、それを沈静するために同盟国セイリオスが協力体制を申し出た。それによって派遣されたのがユイと数名の裏神官であった。

 他のものがどんな任務についたのかユイは知らないし、知らされてもいなかった。

 いつものことなので彼女はごく普通に警備をし、要人の安全を守り……そして刺客に襲われた。

 難なく切り伏せ、撃退した彼女に要人はおおいに満足し、えらく褒めた。けれど彼女は嬉しいとは思わなかった。少しも嬉しくなかった。

 切り伏せた相手は彼女より小さな少年だったからだ。銃を持っていたからやむを得なく切り伏せたし、急所ははずしたので死にはしなかっただろうが、捕まって死ぬよりつらい拷問を受けるのだろうと予想はできる。いっそ殺してやったほうがあの少年には幸せだったかもしれない……。

 今それを思い出すのは、切り伏せた少年に言われたことと同じことをケイが口にしたからだ。

『(五皇国に造られた)化け物!』と。

 間違いではない。確かに自分は化け物だ。自覚はある。そこかしこで陰口をたたかれるのを耳にするたび、全くだと自分で思う。銃をつきつけられても脅えず、怯まず、あっさりと叩きのめす自分は化け物だろう。

 腐るほど言われた言葉でもある。嫌になるほどの事実だ。どうしようもないほどに事実だ。

 じっと傘を見ているユイに、不審に思ったのかケイが声をかけてきた。

「なんだ?その傘相変わらず使っているんだな、馬鹿げた武器なのに」

「うるさい。わたしのような小娘が持っていて違和感がないものという指定で持たされたんだ、仕方ないだろう」

 憮然とそう答える。ピンク色の傘は実に可愛らしいが、魔法技術・科学技術の粋を集めて作られた、れっきとした武器だ。

 柄には仕込み刀、傘の部分は特殊な鋼糸で編まれており、防弾、防刃仕様になっている。身にまとっているマントと制服のスカーフも同素材で、うまく使えば切り裂くこともできる武器になる。ようは全身くまなく武装しているということだ。

「違和感がない?……あるだろ、違和感バリバリだ」

 ケイは窓の外を視線でさす。外は目に鮮やかな青空で雲ひとつ無い。

「うるさいっ、上からの指示だ、わたしの趣味じゃない」

「セイリオスの開発連中は何考えてるんだろうなぁ、俺には理解できん……」

「しみじみお前に言われたくないぞ、機械オタク」

 つんと傘でケイの懐をつついてやると彼はあわてて退いた。

「やめろ、お前の馬鹿力でつつかれたらいくら俺が作ったものでも壊れる!」

 渾身の力でつついてやろうかとユイは一瞬考えた。

 ケイの懐には彼が作った端末がおさめられている。ようは小さなパーソナルコンピューターだ。いつも持ち歩いているらしい。

 機械を扱わせたら天才らしいが、ユイはその腕前を見たことが無い。ただ噂では知っていた。イグザイオの天才児。彼が軍にスカウトされてから、イグザイオは飛躍的に技術を向上させたという。

 いったい何を作ったのだか興味も無いが、軍の中で作るものなど大体想像がつく。万人が幸せになるようなものではないだろう。

「ったく、これだから脳みそのしわが少ない奴等は……」

 呟くケイに蹴ってやろうかと思うユイ。彼女の蹴りなら、骨の数本は折るくらい軽い。

「いじめてほしいのか、ケイ・カゲツ?わたしにはお前が蹴ってくれと言っているような気がしてならない」

「気のせいだ」

「そうかな」

「気のせいだっ!」

 こころなしかケイの表情に焦りがあるので、ユイの気は済んだ。本気で蹴り飛ばす気はない。やったら国際問題になるだろうことは理解しているし、荒事にするのも馬鹿らしい。

 人を化け物呼ばわりするは、馬鹿扱いするは、不快な相手なのは間違いないが、国家間では重要人物なのだ。たとえ人格に問題があろうとも。

「イグザイオの人間はお前みたいなのばっかりか?だとしたらわたしは住みたくないな。いやみばっかり言われて気が狂う」

「そんな繊細な神経持ってるのか?セイリオスの『神官』なんてやってる人間が」

 じろりと睨まれ、睨み返す。しばらくそうして睨み合ってから、長く見ていたくない顔だと思い返して互いに顔を逸らした。

 やっぱりこいつとは合わない、死んでも合わせたくないと双方再認識している。

 時間をつぶすのも苦痛になってきた。大体和気あいあいと雑談したい相手ではないのだ。

 それでももう少しは時間をつぶさないとおかしいだろう。鍛錬やレクチャーをした、と言えるくらいは時間を使わなければ、あとで高司祭に何を言われるかわかったものじゃない。

「……お前端末を持っていたな、ケイ・カゲツ」

「?ああ、それがどうかしたか」

「見せろ」

 彼女が言った言葉にケイは愕然とした様子だった。

「……熱でもあるのか、いや、お前にそんな情緒ないよな……気でもふれたか?」

「お前、わたしを何だと……いや、いい。それより端末を見せろ」

「いやだ」

 ……ユイは無言で傘の柄を引いた。するすると銀の輝きが現れる。ケイがひきつった。

「マテ。刀抜くこと無いだろう」

「いやいや、必要だろう?ふふふふ」

 不穏に含み笑う彼女にケイは苦い顔でしぶしぶ懐に手を入れた。

「何で見たがるんだ、機械オンチのくせに」

「一応機械操作のレクチャーを受けたという口実を貫くためだ、決まってるだろう。見るだけ見ておかないと言い訳も難しい」

「……本当に操作法を覚えるという選択はないのか、お前には」

 ケイのつっこみは無視した。携帯すらやっとのユイに、それより扱いのややこしい端末を扱えというのは拷問に等しい。

 本当に機械は苦手なのだ。

「見せるのはいいが、代わりにお前の傘見せろ」

「傘?何故」

「セイリオスの技術が見たい。あ、あと端末は見るだけだぞ。あちこち触るな。壊れる」

 ユイのことをよほどの機械オンチと認識しているのか、ケイは慎重にそう言った。

「触る気はない。見るだけだ」

 ユイにもケイの端末をいじるつもりは無い。いじろうにもどこを触ればどうなるかの見当もつかないのだ。うかつに触って壊して、彼に恨みごとを言われるのもごめんだ。

 口が達者なケイのことだから、心をえぐるような嫌なイヤミを散々繰り返す可能性が高い。

 いくら強化されている裏神官でもそれは心底ごめんだ。

 ケイから端末を受け取り、かわりに傘を手渡す。

 武器を手放すのは警戒心が薄いなと自分で思ったが、よく考えなくてもケイにやられるとは思えないし、万が一ケイに襲われたとしても、この端末をブン投げてやればいい。

 他の襲撃があっても素手で充分なんとかなる。ようは相手より早く動き、相手を無力化すれば言いだけの話だ。

 ケイの端末は、ユイが知っているものよりもずっと軽く、手のひらより少し大きい。

「これはどうやって操作するんだ?ボタンもなにもないぞ?」

 どこを押せば電源が入って、どうすれば何ができるのか、ユイにはさっぱりわからない。

「馬鹿にはわからない仕様だ」

 傘を広げて、裏側を眺めていたケイはそう返してくる。ユイは無言で端末をかかげた。

「わっ、分った!捨てるな!タッチパネル式だ、俺の指紋に反応して作動する!」

「……そんなことできるのか?」

 端末をおろして見つめる。そんな技術があることなど全く知らなかった。

「俺が開発した。もっともまだ発表はしてない。現物もそれだけだ」

 さらりと凄いことを言う。新技術を盛り込んだものを無造作に持ち歩き、それをしゃあしゃと他国の神官に言ってのける―――並みの神経ではない。

「いいのか、わたしにそんなこと洩らして。セイリオスの神官だぞ」

「いいぞ、ばらしたかったらばらしても。そのほうが世の中のためかもしれん」

 ケイはぱちりと傘を閉じて暗い目をユイに向ける。

「どうせ軍に使われたら、ろくなことにならない」

 この傘みたいに。ユイにはそう聞こえた。傘は本来なら雨をしのぐもの、なのにこの傘は、人を傷つけるものとして使われる……命を害するものとして。

「それはわたしに言っているのか」

『裏』神官のユイ・ヒガ。彼女の仕事は護衛だけではない。

「いや……別に」

 ケイは苦笑いを口元に浮かべている。珍しい表情だった。少なくともユイは初めて見る。こんな顔もするのかこいつとちょっと驚いていると、傘を差し出された。

 ケイの好奇心は満足したらしい。交換に端末を返す。

 どこがどうかさっぱり分らなかった。大体電源すら入っていないのだから理解のしようがない。それでもレクチャーは受けたとの言い訳くらいはできるだろう。

「少し護身術らしき形でも教えてやろうか?」

 彼女の申し入れに彼は首を振った。

「いらん。お前の教え方は獣と変わらないだろうからな」

「……お前のイヤミよりは優しいと思うが」

 視線の間でばしぃっと火花が飛んだようだった。

 ふっふっふっとかなり不穏に笑いあう。お互いに同じことを考えていることはよく理解できた。

『お前なんか大嫌いだ!!!!!』

 部屋の外まで響き渡る大声が発せられたのは一瞬後のことだった。

「な、なにがあったのですか?!」廊下から警備兵が駆け込んでくる。いったい何事かと表情が語っていた。また襲撃されたのかと危惧したようだ。

「あ、いや、なんでもない」

 いまにも剣か銃を抜こうとしている警備兵を手で制して、ユイはこほんと咳払いをした。

「たいしたことじゃない、意見の相違だ」

ケイも目を逸らしてぼそりと言う。

「はぁ……そうですか」いまいち納得のいかない表情をしてはいたが、警備兵はとりあえず武器を納めた。

「さて、親交も深めたことだし、そろそろ閣下の話も済んだころだろう。行くぞ」

 ケイはさっさと部屋を出て行った。これ以上ユイに付き合って時間をつぶす必要はないと判断したようだ。ユイも同感だった。これ以上ケイといると本気で彼の横っ面をはりとばしかねない。

「めずらしいですね、ユイ・ヒガ。あなたが声を荒げるなど」セイリオスの警備兵がそう声をかけてきたので、ユイは彼を見返した。彼女の視線に警備兵はビクリと身をすくませる。

「す、すいません、軽口を」別段怒ったわけではなかった。彼女はごく普通に視線を向けただけである。それでも兵は彼女を恐れた。彼女が裏神官と知っているからだ。

 ユイは無言で部屋を出た。こういう態度には慣れている。付き合うつもりも無かった。

 恐れられる理由は充分に理解している。

 セイリオスの裏神官――一般的にはエリートと言われているが、実情は違う。

 セイリオスのためならいかなることも厭わない、機械のように感情を持たない『道具』だ。

 それこそ人を殺すこともためらわない、必要とあらば子供でも殺さねばならない。

 セイリオス――五皇国のために。

 そこに自分の意思など無い。必要ないからだ。

 窓の外からの笑い声にユイは目を向けた。

 青空の下、犬と戯れている少女と少年がいる。

 知っている顔だった。もっともこちらが仕事上知っているだけで、向こうは彼女を知らないだろう。セイリオス高司祭の子供たちだ。たしか年齢はユイと同じ16歳の双子。

 同じ年だが、ユイと彼女たちは違う。決定的に違った。彼女たちがいる場所は陽がさす場所。ユイがいるのは……影の中だ。それはケイも同じだろう。もっとも二人ともその場所から出て行く術を知らない。

 ここから、陽のあたる場所へどうやって出て行くのか、それ以前に出て行こうという、そんな気持ちすら持っていない。

 自分にその資格がないとユイは思っている。

 手にした傘が今は少し重く感じた。傘の柄の中には刃が隠されている。今までたくさんの血を吸った鋭い刃が。

 うらやんだことは無い。うらやんでも仕方ないとわかっている。彼女には他にできることもなく、その選択肢もないからだ。

 だからユイは背を向けた。そのまま歩き出す。自分には陽は当たらない。当てる必要も無い。彼女は振り返らなかった。

 庭では高司祭の子供たちが楽しげに笑っている……。


ここで序章が終了します。

出会い最悪、仲も悪い主人公二人。

裏神官と人間機械。これから彼女らは?

続きます。

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