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みえるもの・できること  作者: マオ
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参章・開放……ツバサ・2

 考えるのは彼に任せて、ユイはとにかくカプセルに斬りつける事にした。何度もやっていればその内壊せるかもしれない。チャレンジしているうちにケイがもっといい手を考えるかもしれないし、とにかく何にしてもやってみるのが先だ。

「待ってて、今出してあげるからね」

 中の少女に笑いかける。少しでも怖がらせないようにと思ったのだが、少女は笑い返してきた。ほんわりと、月のように。

 意外なほど穏やかなその表情に、ユイは一瞬見入ってしまった。

 気付いたのはその一瞬後である。少女がちょっと首をかしげて、ユイのほうに手を伸ばしてきたことに。

「あぁ、大丈夫だよ、出してあげるからね」

 助けを求めてきたのだと、彼女はそう考えて少女の伸ばした手に元気づけようと自分の手を重ねようとした。カプセルがあるため実際には触れられない。

 そのはずだったのに。

「?」

 ユイはあれ、と思った。カプセル越しのはずなのに、やわらかい感触がする。

 視線をやる。小さな手が自分の手に触れていた。

 カプセルを通り越えて(・・・・・・・・・・)

「?!」

 さすがに仰天した。思わずその手をつかんで引っ張ってみたあたり、やはりユイは普通ではないだろう。少女の体は何の抵抗もなくカプセルをすり抜けた。

「なななな?! おい、ケイ・カゲツ! 通り抜けたぞ?!」

「なにぃ?! おわっ、本当だッ?!」

 少女はユイに手を引かれ、にこにこしている。そこだけ見ると可愛らしい女の子なのに、背中と腰には光の羽が生えている。

「えーとえーと……の、能力者なのかな?魔法を使った感じはしなかったし」

 魔法なら必ず呪文の詠唱が必要になる。熟練者は何らかの方法で呪文の短縮化を図るが、この少女がそんな方法を使った様子はない。大体すっぱだかである。短縮化できるようなアイテムなど裸の少女が身に着けているわけがない。

 となると、可能性としては能力者なのだが。

「物質透過……? そんなことできるのか? できるとしたらかなりのレベルの能力者だぞ。少なくとも各国のトップレベルくらいの」

 ケイの指摘に、こんな少女が? とユイは少女を見下ろした。小柄で、抱きしめたら折れてしまいそうなくらい細身の、とても愛らしい女の子だ。身長などユイの胸までもあるだろうか。

「ええと……大丈夫? 体、なんともない?」

 少女に問いかける。あれだけ厳重に封印されていたカプセルから出た影響はないのか。

 少女は首をかしげた。その表情からしてどうやら問いかけの意味が分かっていないようだ。

 不思議そうにユイを見ている。身長差があるのに視線はほぼ同じ位置にあった。少女は浮いている。

 背の翼には本当に浮遊能力があるのか、それとも無意識に能力(ちから)を使っているのか。

 判別は難しい。それでも少女が(たぐい)まれな能力者であることは間違いない。

「いつからここにいたんだ?」

 ケイの問いかけ。そちらを向いて、やはり少女は首をかしげる。

「言葉が通じていない……?」

 言うなりケイはいろんな国の言葉で話しかけた。彼が使える言語の全てで同じことを繰り返し尋ねる。どれかに反応があればと期待したが、結果は同じだった。

 この少女は話せないのかもしれない。言葉を理解しているかどうかもあやしい。

 教育を受けていないのは間違いないだろう。困ったなとケイとユイは顔を見合わせた。

 早いところ『破滅』を開放したいのに、この子に構っていると時間はどんどん失われていく。かといってほうっておくわけにもいかず、どうしようと思った時だった。

 のんびりとした雰囲気を切り裂いてけたたましい警報が鳴り響いたのは。

「! ばれたか!」

 侵入が警備の人間に知れたらしい。

「何故だ? カモフラージュはうまくいっていただろう」

 ユイの言葉に、ケイは頭痛でもしていそうな表情で答えた。

「……エレベーターの惨状が見つかったんだろ」

「あ」

 忘れていた。確かにあのままのエレベーターが見つかればいくらなんでも侵入者だと分かる。

「急がないと」

 この部屋のどこかに『破滅』が眠っているはず。とりあえず女の子を部屋の隅にでも追いやる――ことはできなかった。

 ガシャン。室内のどこかで音がした。言いようのない予感に突き動かされて、ユイは少女をケイのほうへと押しやる。

「この子を連れて退()がってろ!」

 彼女の様子から何かまずいことが起こりそうだと判断したのだろう。ケイは言い返すこともなく少女を抱え、退いた。そのころにはユイはすでに刃を抜き放っている。

 ガリガリと床を削る音がした。それは徐々に近付いてくる。視認できる距離まで来たそれは、見たこともないような四足歩行の動物だった。

複合生物(キメイラ)……!」

 背後でケイが呻くように言うのが聞こえた。ユイもこれの存在は知っている。どこかの実験で造り出されたであろう、地上にはありえない生物だ。不恰好にいろんな動物の特徴が残っているそれが、二匹。ベースは肉食動物のようで、足は太く、つめが鋭い。サルに似た顔にはありえない牙が生えていた。

 凶悪このうえないこんなものまで同じ室内にいて、あっさりと開放されたところを見ると、少女のいたカプセルの厳重そうに見えた封印もゆるんでいたのかもしれない。

 少女が怖がるとかわいそうだ。こんなものに時間をとられるのもいただけない。

 速攻あるのみ。

 床を蹴る。空間を切り裂くように駆け、キメイラのもとまで瞬時につめた。やつらは油断していた。自分たちより小さく弱そうな生き物としかこちらを見ていない。

 あわれなことに知能は並み以下だったようだ。

 ユイの動きにあわてて鉤爪を振り上げ、その前足を斬り飛ばされる。怒りの咆哮はすぐに断末魔に変わった。首がぼたりと床に落ちる。

 一匹は瞬時に始末したが、もう一匹はユイを警戒すべき相手と理解したらしい。

 彼女が動く前に襲いかかってきた。太い前足が頭を狙って繰り出される。

 直撃すればスイカのように彼女の頭は割られただろう。

 しかしそれは、当たればの話だ。

 悠長に待ってやる義理などユイにはない。床を滑るようにスライディングし、キメイラの下をくぐり抜ける。抜けるなり一挙動で跳ね起き、着地したキメイラの背後から跳躍、首の付け根に刃を差し込み、容赦なくひねった。

 痙攣(けいれん)が強く手に伝わってくる。命の最後の抵抗だ。造られた歪んだ命でも生きようとする。

 死にたくない、と。

 歪んだ命でも命と言う者はいるが、そんな理屈はユイにはない。敵対した以上やらなければやられるのだ。だから彼女に躊躇(ためら)いはなかった。キメイラが絶命したことを確かめて、刃を納めずにケイ達のところへ戻る。

「あ」

 戻ってまず最初に気がついた。少女がシャツを羽織っている。

「服を着せたのか」

 ケイを見ると彼は気まずそうに頷いた。彼が持ってきていた上着だろう。少女にはぶかぶかで、出ているのは首から上と、足元だけだ。動きづらそうだが少女は嬉しいのか、袖を振り回してにこにこしている。

 ユイのほうを見てにっこりした。可愛らしい。背中の翼さえなかったら、ごく普通の女の子だ。

「濡れてないんだよな。この子」

 ケイが呟く。

「カプセル内は液体で満たされているのに、この子の体は乾いてるんだ。何故だろうな?」

 言われて見れば、少女の体は濡れてはいない。短い黒髪は濡れたかのような輝きを持っていて美しいが乾いている。

「それに、服着せて分かったんだが、この翼、物体を通り抜ける」

 服にいちいち穴を開ける必要はないらしい。

「純粋にエネルギーの固まりみたいだな。形として具現化しているってことは相当の力があるぞ。国家間でのトップレベルなんぞ楽勝で抜くくらいだ」

「そんな子がなんでここに。連れて行ってちゃんと教育すれば五皇国の役に立つこと確実だろう」

「俺に聞くなよ。知るわけないだろ」

 もっともなので、その話題はそこで終わった。少女のことでこれ以上時間をかけるわけにはいかない。

「わたしたちは用事があるからここでお別れだけど、ひとりで出られるよね?」

 『破滅』を目覚めさせるのに、この少女を連れて行くわけにはいかない。連れて行けばこの子まで死んでしまう。できれば一人で地上に出て、安全なところにいってほしい。

 安全な場所などなくなるようなことをこれからしようとしているのに、馬鹿げたことをいっているなと自分でも思った。

「これから俺たちはとても危ないことをするんだ。だから連れてはいけない。一人で出られるな?」

 ケイもそう言って一応少女を説得するが、通じたかどうかは分からない。少女はほわぁんと不思議そうに二人を見返すばかりだったからだ。

 心を鬼にして、少女に背を向けた。広い室内の暗いほうへ向かって歩き出す。そちらにこそ『破滅』が眠っているだろうと見越して。

 そう思って歩き出したはずなのに――いつまでたっても暗くならない。

 理由は一つ。光源がついてきているからだ。


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