参章・開放……ツバサ
ここから第三章です。
開封の反動はすごかった。傘をかまえていたユイの両脇の地面がえぐれたほどだ。ケイは彼女の真後ろにいたため影響は受けなかったが、少しでもユイの背後からずれていたら、今頃は壁に激突して肉団子になっていただろう。
少し遅れて機械錠も解除され、ユイは扉に手をかけた。
……重い。なまなかな力では開かない。
「手伝え、ケイ・カゲツ」
彼女に呼びかけられケイはぎょっとした。
「俺が?」
「ないよりマシだ」
一応男なのだから子供より力はあるだろう、その程度の期待だ。
仕方ないなとケイも扉に手をかけた。そのまま二人並んで、全力を込めて扉を押してゆく。
重量を感じさせる軋み音をさせながら扉は徐々に開いてきた。
「全部、開ける、ことは、ないだろ? 隙間でも、入れれば、それでいい、よな」
滑らかにしゃべると力が抜けそうになるので、ケイの声はアクセントに力がこもっている。
「そうだな」
うなずいて、入れるくらいのスペースが開くまで押す。幸いというか、ユイもケイも体型はすらりとしているのであまり大きく開ける必要はない。
扉を開けるだけで体力を使い果たすなどごめんである。中の『破滅』を目覚めさせるまでは力尽きるわけにはいかない。
「これくらいでいいだろ」
30cmに満たないくらいの隙間だが、体を少し斜めにすれば問題なく入れるだろう。
これまで通り始めにユイが、続いてケイが中に入る。
「…………?」
中は明るかった。通路と違ってコケなど見える範囲には見当たらないのに、だ。
一瞬戸惑い、ここは地下のはずだと辺りを見回す。
――そして二人は息を呑んだ。
まず見えたのは光。
光は形を成していた。
その真ん中に生まれたままの姿の少女がいた。
ユイよりずっと年下に見える。まだ小学年くらいの少女だ。
光は少女の背から現れている。すらりと大きく、柔らかく。
それは宗教画の一枚にありそうな光景だ。
「…………天使……? そんな馬鹿な!」
思わずそう呟いてから気がついた。少女は大きなカプセルに入っている。
幾重にも厳重に封をされたカプセルだ。扉にあった封印と同じくらいのものがあちこちについている。
その中で何かの液体に浸されて、小さな体は浮かんでいた。
光の翼を持つ少女は目を閉じて眠っているようにも見える。
「……生きては、いないよな。これじゃあ……」
ケイの呟きは同意できるものだった。少女は全身、頭まで液体に浸かっている。
……まるで標本だ。
近くへ寄って見てみる。よく見ると翼は背中だけでなく、鳥の尾羽のように腰からも生えていた。それも光で出来ている。
「この子は、一体……?」
答えなど返らない。少女は目を閉じたままだ。おそらくこの先この少女が目を覚ますことなどあるまい。これはホルマリン漬け、すなわち死体を保存しているのだろう。
「これが『厄災』の正体なのか? この女の子が?」
この少女は一体何者なのか。能力者か魔法士なのだろうが、こんな風に翼が生えている人間など存在するのか?
ケイがカプセルに手を伸ばすのを見て、ユイはとっさに彼を突き飛ばした。
「げふっ」
手加減はしたつもりだったが、ケイには強すぎたらしい。呻いている。
「な、なにすんだ、怪獣女……っ」
「すまん、つい。この子が裸だから」
「っ?! 俺は幼女の裸体に興奮するような変態じゃねぇっ!」
ケイは断言したが彼が変態ではなくても近寄らせるのはまずい気がした。なんせ少女は裸なのである。
「大体、死体に興奮するような性癖もないぞ?!」
「あぁ、まぁそうかもしれんが、とにかく寄るな。この子が可哀想だ」
ユイは少女をかばうように背を向けた。カプセルに入れられて、こんな所に封印されている少女がなんだか哀れでならない。
この子も五皇国の犠牲者なのかと考えるとなおさらだ。
「この子は一体なんなんだろうな」
「分からん。訊くなら俺に調べさせろよ」
「ん〜〜〜、それはやっぱり嫌だ」
少し考えてみたが、やはり気が進まない。自分だって死んだ後に裸でこんなカプセルに入れられて、あまつさえ事細かに調べられたらと思うと嫌だ。
調べる相手がケイならなおさら嫌である。
「なんだ? 冷酷無比な裏神官サマがずいぶんと甘いことを言うんだな」
とは言うものの、ケイ自身も無理に調べるつもりは無いようだ。先ほどのユイの指摘があってから微妙に視線を少女から逸らしているところを見ると、案外いいやつなのかもしれない。それと好き嫌いは別だが。
ユイはため息をついた。ここまで来たのに、見つけたものは羽の生えた女の子の死体だ。
珍しいといえば珍しいが、そんなものに世界を滅ぼす力などあるわけがない。
「他に何かないか? 機械とか、魔術とか、宝玉とか!」
言い伝えが事実なら、何か他にあるはずだ。事実でなくとも何かあるはずだ。
辺りに視線をやる。むやみに広い室内だ。少女からの光が届かないところに何かあるかもしれない。
「探してみるか……」
ケイも力が抜けたらしく、脱力した声でそう答え周りを見渡した。
くるりと視線をめぐらせて一回りして――ケイは硬直した。彼の視線はユイの背後を指している。目を見張ったその様子にユイはすぐさま自分の背後を振り返った。
彼女の後ろにあるのは少女の入ったカプセルだ。その後ろから何かが現れたのかと思ったのだ。彼女の勘は間違ってはいなかった。
――目があった。
水色の瞳がユイを見ている。
ユイは硬直した。裏神官の彼女が、だ。
先ほどまで閉じられていた瞳が開いていて、今はユイとケイを見ている。
カプセルの中、液体にぷわぷわと浮きながら、翼の生えた少女はしっかりと目を開けていた。
「?!」
驚きで声も出ない。死後硬直かとケイは一瞬考えたが、すぐに違うと分かった。
少女の瞳には生気がある。きらきらと輝いている。
少女はこちらをきちんと認識していて、二人を見ているのだ――息も出来ないだろう液体の中で!
「な、なんだ?!」
「この子、生きているのか!」
叫ぶなり、ユイは体を動かしていた。即座に刃を抜き放ち、カプセルに切りつける。
生きているのなら出してやらなければ! ひょっとして、この中に入れられたばかりなのかもしれないのだ。
音とともに刃が跳ね返る。ユイの腕と特殊合金製の剣でもカプセルにはほんのわずかの傷がついただけだった。
「くっ!」
ただのカプセルではない。おそらくはユイの剣より頑丈な物質と魔法で造られている。
少女をここから出してやりたいのに、これでは時間がかかりすぎる。
手こずっている間に、この子は力尽きるかもしれない。
「ケイ・カゲツ! どうにかできないか?!」
「お前の馬鹿力でも壊せんのか? おまけに中の子供は生きてるし、この子が傷つかないように壊さなきゃならんのか」
ケイは難しい顔だ。
「どうにか考えろ! それしか能がないんだろうが!」
「待て、考えてるんだ。黙ってろユイ・ヒガ」
珍しくあせっているのが伝わってきた。彼も少女を見殺しにする気はないらしい。