弐章・破滅の地……厄災の間・5
今までどおりケイがナビ、ユイが斥候だ。時折監視カメラが動いているのを発見したが、ケイの細工はうまくいっているらしく、確実に自分たちは映っているだろうに警備の人間が何らかのアクションを起こすことは無かった。
「下へおりるぞ。作動していないとはいえ地下のほうの警戒が厳重だ。なにかある」
ナビに従ってエレベーターを見つけるが、動いていない。ケイの腕ならすぐに動かせるだろうが、動いたら動いたで問題がある。
「乗るのはさすがにまずい。いくらなんでも気づかれるだろうし、他に下におりる方法は?」
「ない。階段もない。ここだけだ」
簡潔に説明され、ユイは仕方ないとエレベーターの扉に手をかけた。
「開けるから、乗れ」
言うなり頑丈な扉がメキメキと開いていく。華奢な少女が顔色も変えずに重い扉を開けるのを、背後で少年が唖然として見ている。
「なにしてる? 乗れ」
「あ、あぁ」
ユイが支えている間にケイは中に入り込んだ。続いてユイも入り込み、扉を閉める。
「どうすんだ?中に入っても動かせないのは一緒だぞ」
「こうする」
傘の柄を引き抜き、刃を露出させ、彼女は迷わずに床に突きたてた。
強化されている人間ではないケイが視認できたのはそれぐらいだろう。気がついたときには彼女はすでに刃を納めており、できた切り口に手をかけて床をひっぺがしている。
「うっわ、力技。怪獣かこの女」
「やかましい。蹴り落とすぞ」
外した床を壁に立てかけ、ユイはウェストポーチのベルトから鋼線を引っ張り出した。
「……まさか、それを伝って降りる気か?」
恐る恐る問いかけてくるケイににんまりと笑ってやる。それから天井をひっぺがして鋼線を上のワイヤーに結びつけ、準備完了。
「おい、本気か」
「他に方法が?」
「ったって下まで五十mはあるんだぞ?!」
「目をつぶってわたしにつかまっていろ。不本意だが守ってやる。五十mくらいならこのワイヤーは足りるし、死なん」
「死ぬ! 下につくまでにお前はともかく俺は死ぬぞ!」
なおもぎゃあぎゃあわめく彼の襟首をユイはしっかりつかんで、にっこりした。
「突き落としたほうが良いならそうするけど?」
……ケイはおとなしくなった。突き落とされるよりはユイにつかまって下におりたほうが『破滅』にたどり着ける確率があると判断せざるを得ない。
「……たどり着く前に死ぬのは嫌だぞ、ユイ・ヒガ」
「うるさい、分かってる」
会話はそこまで。手のひらを焼かないようにマントを巻きつけ、ユイは迷わず床の穴に身を躍らせた。勢いよくワイヤーを滑り降りてゆく。途中何度か壁を蹴りながら、勢いを殺したため怪我も無い。ケイが何か叫んでいたような気もしたが、着くころには静かになっていたのでよしとする。
「たどり着く前にお前に殺されるかと思った……」
何度か深呼吸してようやく言った言葉がそれだ。マントをまといなおし、整えながら突っ込んでやる。
「元気じゃないか」
「マジで死ぬと思ったわぃ!!」
言い返す元気があるなら大丈夫だろう。ユイはそう判断した。
文句男は無視して扉をこじ開ける。
「行くぞ。早く出ろ」
「あぁわかったよ、怪獣女」
『破滅』にたどりついたらその場でこの男を斬ろうかと、危うく決心しそうになったがなんとかこらえる。
外は上と違った様相だった。岩肌が露出している。洞窟のように思えた。地下は人の手が入っていないようだ。自然の地下洞窟を人が地上とつなげたのだろう。
広いが、暗くはない。地上からの光ではなく、壁に生えたコケが光を発しているせいだ。ふわふわとした優しい光がとても美しい。暗視スコープなどという無粋なものは必要ない。
「……すごいな……綺麗だ」
他に言いようがない。何か上手に形容できればいいのだが、この景色のまえでは陳腐な言葉など浮かんでこない。
こんなに綺麗な場所に『破滅』など本当に存在しているのだろうか?
誘われるように進んだ。時折コケが舞い上がり、優しい光が舞う。
進むうちに壁の光がぽつんぽつんと途切れ始めた。なんだろうと残念に思いながら壁を見ると、そこには人の手が入った跡がある。
「呪符……?」
封印の札だ。これを一定の範囲に貼られると、対象が猛獣でも動けなくなる。強弱の差で時間差がつくが、効果は大体同じだ。対象の動きを封じるもの。進むうちにどんどん増えていく。札に書かれている対象の名は魔術文字のため読み取ることが出来ない。本職の魔術師でなければ意味はさっぱりだ。一体何が封じられているのか?期待か、不安か、ぞくぞくしながら歩みを進める。
コケが少なくなり、増えるのは封印の札だ。それもえらく強力な呪符である。近付くだけで魔術師でもない二人がビリビリと魔力を感じるほどの。
「上、見てみろ」
ケイに促されて頭上を振り仰ぐと、そこには頑丈で大型の銃が見えた。作動はしていないようだが、見ていてぞっとする。アレで撃たれれば人間の体など半分が吹き飛ぶだろう。
「内側を向いている。どうしてだろうな?」
ケイがにやりと笑う。意味はユイにも伝わった。
警戒しなければならない何かが内側に存在しているのだ。外からの侵入などより恐ろしいものが、ある。
ここに『破滅』が眠っている!
「進むぞ」
告げてもはや余所見はしない。まっすぐに進んでいく。それにつれて呪符や銃などのごつごつした警戒が増えていく。全て作動してはいないため、二人は気にもしなくなった。
どれくらい歩いただろうか、ケイの息が上がってきたので少し休憩したほうがいいかなと考え始めた時だった。大分コケが少なくなって闇の密度が上がってきた通路の先に、扉のようなものがぼんやり見えた。
「!!」
着いた、と思った。走り出したくなる気持ちをおさえて慎重に進む。目的地だと安心して警戒を忘れるのは危ない。一歩一歩進むにつれて、扉の全貌が見えてくる。
扉は大きかった。通路と同じくらいの高さと幅がある。もともと洞窟に存在するものではないようだった。明らかに人の手で作られた扉だ。
断言できるのは、扉の表面にあらゆる封印方法がされているからである。
全面に呪符が張られ、その上から特殊ワイヤーが張り巡らされている。あげく、パスコード式の機械錠も十個はついていた。ユイが視認できたのはとりあえずそのくらいだが、ケイの見た感じではもっとあるらしい。
「……法王、国王、女王、大統領の寝室でもここまでの警備はしてないだろうな」
なかばあきれてケイが呟く。端末からコードを引き、機械錠に繋げた。
「こっちは俺が解除する。お前は呪符とワイヤーをたたっ斬れ。お前の傘なら反動もやりきれるんだろう?」
「そうだな、分かった」
ケイが端末をいじる気配を背後にユイは刃を抜き放った。前に立つだけで肌にびりびりと来る呪符の威力だ、うまく反動をやり過ごさないと無力化どころか即死する。後ろのケイに反動が及んでもいけない。至極困難なことだが、ユイは迷わなかった。この程度で死ぬなら世界を滅ぼすことなど出来はしない。開いた傘を盾のように左手に構え、刃を右手に一度深く息を吐いた。凪ぐ水面のように静かな心境だった。
覚悟はできている。
彼女は刃を振り下ろした。
迷いなく、まっすぐに。
世界を滅ぼすであろうその一刃を。