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みえるもの・できること  作者: マオ
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弐章・破滅の地……厄災の間・4

 彼は続ける。無慈悲に無造作に。

「理由は一つ。俺とお前の結婚の障害になりそうだ(・・・・・)というだけだった」

ケイに恋していたラニ。どうしても彼と連絡を取って、恋人になりたいと望んでいた。

 結ばれたいと願っていた。その橋渡しをユイに(・・・)頼んでいた。ユイ本人は知らなくても結婚話の当人に。

 ユイとケイを結び付けようとしている各国の上層部には邪魔な存在だったのだ。

「じゃあ……彼女は消されたんだな、セイリオスに」

「イグザイオにも、な」

 裏神官の彼女がやすやすと殺されたわけが分った。事件を装って襲ってきたのはおそらく同じ裏神官だ。ラニを『処分』するように命令された裏神官。戦闘に向いていない彼女には過ぎた相手だったろう。国に見捨てられたのだ。どこからも助けは来ない。

 ユイへの命令の不審さも紐解(ひもと)けた。確かにユイに滞在されてはまずかろう。ラニと違って実戦に慣れている上に、結婚話の当人だ。もし負傷、あるいは万が一死亡でもしてしまえばすべて水の泡である。だからこそあの不可解な命令が下された。

 今すぐにそこを離れて隣町で待機せよ――あれはユイを遠ざけ、確実に邪魔な存在を消し去るためのもの。

 ラニは情報収集専門の裏神官だったため、補充はすぐにきくと判断されたのだろう。

 そして彼女はあっけなく消された。

 前夜、ユイに送ったたった一通のメールのために。

 ユイが見もしなかったあのメール。任務中に送られてきたそれを盗み見たのはあの運転手しかいない。始めから携帯をチェックする密命を帯びていた運転手は、着信を知ってすぐに内容を見たのだろう。

 何食わぬ顔をして任務を終えたユイに携帯を返し、彼女を送った後で本部に報告を入れた。

 ラニ・ソルトはケイ・カゲツに好意を抱き、どうやらその橋渡しをユイ・ヒガにさせようとしているらしい、と。

 確実なことではない。ユイが橋渡しをするかどうかも分からないし、したとしてもケイがOKするかどうかも分からない。

 そもそも結婚話からしてまとまるわけがないと言うのに、『邪魔になるかもしれない』そんな理由で彼女は殺された。

 不確定な未来のための理不尽な死。

 仲が良かったわけではない。少なくともユイから見たラニは親友とかそんな関係だったわけではない。ただの同僚だ。

 自分に任務が言い渡されていたら、ユイはラニを『処分』しただろう。

 その程度の仲だ。けれど世界の腐敗を理解するには充分な『死』だった。

 世界に見切りをつけるには充分だった。彼女の死がユイに世界との決別を(うなが)したのは間違いない。

「友人だったのか?」

 ケイが背後から訊いてくる。

「いや、ただの同僚だ。でもいい子だったよ。わたしと違ってとてもいい子だった」

 それは心底から思う。ラニはいい娘だった。こんなくだらない理由で死んでいい娘ではなかった。死ぬべき者は他にいっぱいいるはずなのに、どうしていい人から死んでいくのだろう?

 ――悪い人間が殺すからだ。自分のことしか考えない人間がいるからだ。腐りきった人間が大半を占めるからだ。

 間違いなく自分もその中の一人だと、ユイは知っていた。



 やはり世界は滅びるべきなのだ。ごく一部の心正しい人間だけが残ればいい。



 夜の中を風が駆けていった。草原を撫でてゆくざわめきは、やがて闇の中へ飲み込まれていくのだろう。そして訪れるのは静寂だ。

 ここにはなにもないから、雑音も存在しない。至極当たり前に山があり、谷があり、川があり、人がいない。

 あるものは自然だけ。それがなによりの宝だと思う者はこの世界には少ない。

 だからここには人間はいない。

 ラグドラリヴには誰もいない――表面上には。

「さて、ここからどう進む?」

 人のいないはずのラグドラリヴの平原で、深い草に隠れて少女と少年は顔を見合わせた。ユイは油断なく傘を手にし、ケイは端末を起動させている。

 ラグドラリヴにはすんなりと潜入できた。あっさりすぎて拍子抜けしそうになったぐらいだ。事前にユイの持っている地図から国境の人的警備の穴をつき、ケイがすみやかに機械警備を無効化した。さすがに天才児と他人から言われるだけあって、ケイの機械操作はユイから見れば神業にも思える。死んでも口には出さないが。

「問題は魔法だな。機械や人間なら俺とお前でどうとでもできるが、魔法はなぁ……こればっかりは魔法士でないとどうにもならん。一応知識としてある程度のことはわかるが」

「わたしも似たようなものだしなぁ」

「お前、任務で潜入とかしてなれてるんじゃないのか?」

「魔法的な警備をしているところはあまり行っていない。大体そういう困難なところより、もっと簡単に『処分』できる場所を探す」

「そりゃそうか、好きこのんでわざわざ困難なことする奴はいないわな」

「そういうことだ」

 魔法的な警備、トラップがしかけられていたら二人には少々荷が重い。

 ならばどうするべきか? 答えは単純なもの一つ。

「……ひっかからないように注意するしかない」

 幸い、ケイの端末には感知機能も搭載されている。さほど広範囲を感知できるわけではないので、かなり至近距離まで近付かないと反応しないのが不安だが、ユイの反応速度ならひっかかるまえに無効化、破壊することは可能だ。彼女の傘には魔法に対する防御機能もついていることだし、なんとかなるだろう。

「がんばれ。お前の反射神経にかかってるぞ、ユイ・ヒガ」

 ひっかかってしまえばそこで終わる。一緒にいるケイもいわずもがな。

 仕方ない、と再びユイが先に立つ。

 月の光だけがある平原を少女と少年が歩いていく。時折、遠くで狼か何かの遠吠えらしき声がする。おとぎ話の中に入り込んでしまったかのようだ。

 穏やかで優しい夜のお話。

 けれど主人公の彼女たちが望むのは世界の終わり。

 そのために幻想的な夜の中を歩いている。

「……月って意外と明るいもんだな」

 背後でケイが呟いた。夜なのに、照らすものが必要ないほど明るい。それはユイも同感だ。ここはとても綺麗だとも思った。

 ラグドラリヴは美しい。以前来たときもそう思った。昼間も夜も、どちらも綺麗だ。

 どうしてだろう? こんなに腐った世界にも綺麗と思えるところがあるなんて不思議だった。

 しばらく歩いて、目的地についてから理由が分かった。

 あきらかに人工的な建物が視界に入る。不愉快だった。こんなに綺麗な場所になんて不恰好(ぶかっこう)なものを建てるのだろう。そう感じてから、ラグドラリヴを美しいと思ったことを理解した。人間がいなかったからだ。今まで歩いてきたところは人の気配が微塵もなかった。

 人工的なものが何もなかったから、美しいと思ったのだ。

「醜い」

 はき捨てるようなユイの声に、ケイも同意した。

「ああ、この場所にはそぐわないな」

 ラグドラリヴにそぐわない人工的な建物。そここそ二人が目指す『破滅』がいるとされる場所だ。何も存在しないはずの場所に、あるはずのない建物。

 それなのにカモフラージュもされていない。塀も門もない。警備の人間が立っているわけでもなく、また、機械や魔法の反応もない。

 何の警備もされていないようだった。かえって怪しい。

「本当にここなのか?」

「そのはずだ。地図を見ても場所は間違ってない」

「……警備網も何もないように見えるぞ?」

「そう見えるな……何でだ?」

「聞いているのはわたしだ、ケイ・カゲツ。お前もしかしてガセネタをつかまされたんじゃないのか?」

「それにしては何もないのは変だろ。ここまで俺たちを野放しにするわけもないだろうし」

 それもそうかとユイは改めて建物を眺めた。人の気配はしない。少なくとも目に見える範囲にはない。やはりどう考えても警備はされていないような気がする。

「どうする?」

 背後に問いかけた。これは罠かもしれない。中に入ったら一瞬で囲まれて殺される可能性がある。

「今更だろ」

 ケイの返答は明確だった。ここまで来て何もせずに帰るなどあほらしい。

「そうだな」

 軽く息をついて、ユイは足を踏み出した。ケイもすぐに続いてくる。今更死を怖がるようなら始めからここには来ていない。

 それでもできる限り油断なく進んでいく。自分が緊張しているのはわかった。何が有るのか分からない場所。何が起こるのか未知の場所。

 一歩一歩進んでいく。遅すぎず、早すぎず確実に。

 たどり着くまでにそれほどの時間はかからない。拍子抜けするほどのあっけない到達だ。

 扉が目の前にある。監視カメラさえついていない。一応鍵はパスコード式らしく、何ケタかの数字を入れるものだったが、ケイが自分の端末とコードでつないでなにやらいじるとすぐに開いた。あっけない。

「ちょっと待て、ここから中を調べてみる」

 ケイはそう言って端末を操作し始めた。その間ユイは油断なく周囲をうかがっている。

「……変だな」

 少しして、そんなことを呟く。

「何が?」

「何も作動してない。結界や自動砲の反応はあるんだ、でもどれも作動していない……」

 警備の機能はあるのに、そのどれもが動いていないという。おまけに言えば中には人の反応もあり、警備の人間も存在していることを示しているのに、動きはないのだという。

「いい加減な警備なのか?それともやっぱり罠?」

「わからん。入ってみないとなんとも言えん」

 ケイは少し端末を操作してから、コードを外した。

「妙なんだよなぁ、監視カメラもあるのに全部中なんだ(・・・・)。外には何一つ警備がない」

「? 普通は外に向けるだろう」

 警戒すべき侵入者というのは外から来るものだ。

「だろう? でも中なんだ。まぁ映像に細工したからしばらくはカメラも役立たずだけどな」

 自信たっぷりのケイを信じてユイは扉を開けた。自動ではないので押し開ける。

 中は暗かった。窓がないため月の光も入らない。ユイには不自由ないがケイには問題だろう。

「も・の・す・ご・く!! 嫌だが、手をつないでやろうか」

「いらん。暗視スコープを持ってる」

 あっさりそう返され、すこぶる安心した。しかし、何でも持っている男である。持っていくものは絞れといったはずだが、一体何を置いてきたのか。

「そんな物まで用意してたのか」

「備えあれば、ってホマレでは言うだろ」

 他国の言葉だ。ユイは知らなかった。答えず歩くことにする。

いよいよ、ラグドラリヴです。

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