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アチュードとバラモンの恋

アチュードとバラモンの恋 ~好きという意味~

作者: さくま

先に【アチュードとバラモンの恋 ~別れ~】を読むことをお勧めします。

あの日から僕はいつもの日常に戻った。学校と家をただ往復するだけの日々。


彼女と別れてからは僕への嫌がらせも無くなった。美里と別れたことで影で色々言われているようだけれど、少なくとも直接暴力を受けるようなことはなくなった。


あの日から彼女とは一度も会話をしていない。ただ、最近美里と来栖が一緒にいる光景をよく見るようになった。


孤独なのは慣れている。彼女との関わりがなくなったため、今では僕が学校で口を開く事は数えるほどしかない。


誰とも深く関わらず、ゆえに誰にも敵意を抱かれない現状。誰もが僕を空気のように扱い、必要最低限しか僕に関わらない。


これは僕が望んだ事。美里と付き合う前の――本来のアチュードの待遇にもどっただけ。現状こそ僕が望んだもの。


でもどうしてだろう?こんなにむなしいのは。


何なのだろう?この心に穴が開いたような感覚は。


僕は一方的に美里を捨てた。この虚無感は美里を捨てた事に対する僕への天罰なのだろうか。それともまだ美里への未練が残っているせいなのか。


だとしたら最低な話だ。彼女に別れを告げたのは僕なのに。泣きじゃくる彼女を放って全てから逃げ出したのは僕なのに。


僕が彼女に未練を持つ資格などない。それなのに彼女に未練を抱いてしまうなんて我ながら最低だ。




帰り支度を終えて下駄箱に向かう。今日は一度も口を開くことはなかった。


以前の僕なら当たり前のこととして受け止めていたのに、今はどこか虚しさを感じてしまう。


そんなことを考えていると前方に良く知っている背中が見えた。前にいたのは僕の元恋人。僕が一方的に捨てた彼女。彼女は前を向いていて後ろにいる僕には気付いていない。


どんな顔をして彼女に話しかければいいかわからなくて。でも美里と少しでも話しをしたくて。矛盾する感情が彼女に話しかけるのを躊躇させる。


胸がドキドキする。このドキドキは彼女を見れて嬉しいからなのか。それとも彼女に嫌われたことに恐怖を感じているせいなのか。今の僕には判断出来ない。


僕は躊躇している間に美里は歩き出してしまった。彼女の姿が小さくなっていく。僕と彼女の距離が離れていく。


今彼女を見失ったら二度と会うことができないような気がして、僕は美里に話しかけるべく小走りで彼女の背中を追う。


覚悟を決めて彼女に話しかけようとした時、僕の覚悟は新たな人物の登場によってあっさりと崩れてしまう。


「山野辺さん!一緒に帰らない?」


現われたのは来栖 礼。美里と同じバラモンで学校内カーストのトップに位置する男。そして僕に美里が好きだと宣言した男でもある。


「あ、礼君……。勿論いいよ」


来栖は美里の隣に並び楽しそうに彼女に話しかけている。美里もまた楽しそうに来栖との会話に応じている。


そんな二人の姿を見たとき胸にズキリと痛みが走った。何だか足元が崩れてしまったように感じる。


僕の存在に気付いていない二人は会話が盛り上がり二人だけの世界に入っている。そんな姿を見るのが何よりも辛くて、僕は無言でその場から離れた。




×××




家にいても頭に浮かぶのは美里と来栖のこと。二人は付き合っているのだろうか。美里は来栖のことが好きなのだろうか。


夕飯を食べている時も、部屋にいるときもふとした瞬間に嫌な想像が頭に浮かぶ。


そして美里のことを考えるたびに、来栖に嫉妬をするたびに、僕は自分のことがますます嫌いになる。


だって美里を捨てたのは僕なのに。そんな僕には美里のことを考える資格も、来栖に対して嫉妬をする資格だってないはずなのに僕の頭の中はあの二人のことで一杯なのだ。


自分が最低だって自覚をしているのに、美里に対しての想いも僕の醜い嫉妬心も頭から離れてくれなくて自己嫌悪で死にたくなる。


重い気持ちてため息をついた時、ノックの音が聞こえてきた。


「お兄ちゃん。ちょっと話したいことがあるんだけど今いい?」


僕がいいよと答えると、部屋に入ってきたのは妹の海だった。いつもは見ているだけで元気がわくような笑顔がデフォルトなのに、今はどこか憂鬱下な顔をして俯いている。


「それで?話したいことってなんだい?」


僕がそう聞くと海はためらいながらも口を開いた。


「うん……。ちょっと相談したいことがあるんだけどいい?少し長くなりそうなんだけど」


正直に言えば他人の悩み事を聞くような心境ではなかった。ただ海がこんなに深刻そうな顔をするなんて初めてのことだし、何より妹が困っているなら兄として出来るだけ力になりたい。


それに妹の悩み事を聞くことで僕の頭にまとわりつく未練と嫉妬心と自己嫌悪を忘れることが出来るかもしれない。


「いいよ。海の相談したいことって何なの?」


「あのね、今日クラスの男子に告白されたんだけど……」


平凡な容姿の僕と違って海の容姿は平均以上に整っている。それに海の社交性は非常に高い。その明るい性格も相まって海はクラス内カーストのトップグループ――つまりはバラモンに位置しているはずだ。


そんな海ならば告白されることもあるだろう。詳しくはわからないが過去にも少なくない人数に告白された経験もあるはずだ。それなのに今更何を悩むのだろう?


「へえ、それは良かったじゃないか。それで海は何を悩んでいるんだ?告白されることなんて慣れているだろう?」


「う~ん、なんて言うのかな。告白してきた人って私がいつも仲良くしている男子なんだけどね。私はその男子のことは友達として大好きだし良い人だなって思う。それにその人はイケメンだし性格もいいから彼氏にするならもの凄く高条件だと思う」


「でもね、その男子のことを男として好きかって聞かれるとすぐには即答できないんだよね。一緒にいて楽しいとは思うけど、ドキドキしたりとかずっと一緒にいたいとは思わない。それでね、友達にそのことを相談したら、好きじゃなくても付き合っている内に好きになることもあるかもしれないからとりあえず付き合っておけばって言われたの」


「私はその男子のことを男として意識したことはないの。でもこの告白を断ったらその男子とは気まずくなりそうだし、それに友達の言う通り付き合っている内にそいつのことを好きになることがあるかもしれない。とりあえず告白は保留にしてもらっているんだけど……私はその男子と付き合うべきなのかな?」


妹の悩みを聞いている傍ら、僕の頭に浮かんだのは来栖と美里のことだった。どうも妹の現状に美里と来栖が重なってしまう。


妹は美里で、美月に告白してきた男子は来栖。そのせいか妹の悩みが他人事とは思えなくて、まるで美里から『来栖に告白されたけどどうしよう』と相談されているように感じてしまう。


「海はさ、その男子のことをどう思っているの?」


「……わかんない。さっきも言ったけど、そいつのことは友達としては好きだけど男としては考えたこともなかったから。いいやつとは思うけど……」


「恋愛に関する価値観や考え方は人それぞれだからあんまり偉そうなことは言えないけど、僕は断るべきだと思うな」


「どうして?」


「海がその男子のことを少しでも異性として好きなら付き合ってもいいとは思う。でも異性として意識していないなら止めておいた方がいい。下世話な話だけど、彼氏彼女の関係になるってことはその人とキスやセックスをするってことだよ。海のクラスメイトってことはその男子は中3だろ?僕も男だからよくわかるけど、僕達ぐらいの年齢の男子にとってはやっぱり彼女が出来たらキスやセックスがしたいと思うもの」


「海がその男子のことを好きならば別にいいと思うんだ。ただ、海がその男子のことを好きじゃないのに彼氏彼女の関係になっても傷つくと思うから。極端な話、海はその男子とキスやセックスをしてもいいと思っている?」


「……ううん。迫られたら嫌だと思うし、断ると思う」


「付き合ってすぐにキスやセックスをするって訳ではない。ちゃんと段階があるだろうし、男女交際はキスやセックスだけではない。でもね、キスやセックスも間違いなく男女交際の一部ではあるんだよ。そういう行為をするには男も女も関係なく気持ちが大事だと思う。片方だけに気持ちがあっても、片方に気持ちがなかったら2人とも傷つくんじゃないかな。勿論、これはあくまでも僕個人の考え方だから海が僕に従う必要はない。でも、気持ちがないのに誰かと付き合うのは相手にとっても、自分にとっても失礼だと思うから」


「海の友達の言う通り、付き合っていく内に気持ちが育つこともあるかもしれない。でもさ、兄としては妹にそんな冒険はして欲しくはない。海には中途半端な気持ちじゃなくて、心の底から好きになった人と付き合って欲しいと思っている。でもね、最終的に大事なのはやっぱり海の気持ちなんだよ。告白されたのは海の友達ではないし、ましてや僕でもないんだから。決めるのは海だよ。周りの意見なんて関係ない。自分の気持ちに従ったほうがいいと思う。少なくとも、後悔だけはしないと思うから」


この言葉は妹に言っているようで、実は自分に言っているのだと思う。


今の僕は後悔で一杯だ。何で自分の気持ちに従わなかったのか。何で美里が好きなのに別れてしまったのか。


別れた今になってこそ美里が僕にとってどれだけ大切なのか自覚が出来る。こんな虚しい日常なんかよりも、美里は僕にとって何よりも大切なものだったのに。


こんな僕でも自分の気持ちに従っていいのだろうか?


……いいや、遅いか。僕は自分から一番大切なものを手放した。今更僕が何かを言う資格はないのだろう。


「お兄ちゃん?……どうして泣いているの?」


海に言われて初めて自分が涙を流していることに気がついた。


どんどん涙が溢れてきて。どんなに頑張っても涙が止まらなくて。


「……最近お兄ちゃんはずっと元気がない。何か悩みがあるなら相談して?何も出来ないかもしれないけど話しを聞くことぐらいは出来ると思うから。一人で悩むよりも誰かに吐き出してしまった方がいいと思うよ」


弱った心に優しい言葉がしみ渡る。僕は感情のままに海に全てを吐き出した。


美里とズレが出来てしまったこと・美里のファンクラブに暴力や嫌がらせをうけていたこと・来栖のこと・僕が一方的に美里を捨てたこと・そしてそれを今後悔していること


途中で泣きながら、時には嘆きながら。


その姿は男としても兄としても物凄く情け無いものだったろう。だけど海はただ黙って聞いてくれて、僕は全てを吐き出した。


「とても後悔しているんだ。別れた今だからこそ美里が僕にとってどれだけ大切な人だったか自覚できる。美里がいない平穏な生活なんて最初から無かったのに……」


「……お兄ちゃんはどうしたいの?」


「美里ともう一度やり直したい。……僕にそんな資格がないのは分かっている。でも、この気持ちは止められないんだ」


「確かに美里さんからしたらお兄ちゃんに一方的に別れを告げられただけだからね。その来栖って人と黙って出かけたり美里さんにも悪いところはあるけど、やっぱりお兄ちゃんの方が悪いと思う」


「お兄ちゃんはさ、ちゃんと美里さんと話しあうべきだったんだよ。美里さんとの間にズレを感じたら、それを直すべく努力をするべきだった。それを怠ったからこんな結果になっちゃったんだね」


海の言葉に少しも反論できなかった。気遣いという名の言い訳で僕と美里の間のズレを広げてしまったのは他ならぬ僕だから。ただ後悔の気持ちしかない。


「もし美里さんとやり直したいなら謝るしかないよ。全部事情を話して、なんで美里さんと別れることになったのか、今どう思っているのかとかお互いに全部吐き出すべきだと思う。美里さんは許してくれないかもしれない。今更都合がいいことをいうなって怒るかもしれない。でも、少なくともお兄ちゃんが後悔することはなくなると思うから」


「そんなことをしていいのかな?……僕にそんなことをする資格があるのかな?」


「誰かと話すのに資格なんていらないよ。お兄ちゃんはさ、周りを気にしすぎなんだよ。時には気持ちのまま突っ走ることも大切だと思うよ。それにお兄ちゃんが言ったんだよ?自分の気持ちに従ったほうがいいって。大丈夫。どんな結果になっても私はお兄ちゃんの味方だよ。当事者じゃない私は何も出来ないけど、愚痴だけは聞いてあげられるから」


優しい笑顔で僕を見る海の顔が眩しくて。今更ながら妹の前で泣いているのが照れくさくて。でもしっかりと海の顔を見ながら僕は自分の気持ちに従った。


「明日美里と話してみるよ。許してもらえないかもしれない。話を聞いてくれないかもしれない。でも、今の僕の気持ちを全部伝えてみる。……相談に乗るはずだったのに、相談にのってもらう形になっちゃってごめんな?それとありがとう」


「ううん。お兄ちゃんは私の悩み事を解決してくれたよ。私も自分の気持ちに従うことにするよ。……告白は断ろうと思う。その男子とは気まずくなるかもしれない。もしかしたら今まで通り仲良くできないかもしれない。でも、自分の気持ちに嘘をつくよりはいいと思うから。こちらこそありがとう」


「そっか。もう遅いから部屋に戻りな。明日は僕にとっても海にとっても大事な日になるだろうからね。……お互いがんばろうな。おやすみ」


「うん。お兄ちゃんも頑張ってね。おやすみ」


もう頭の中には美里に対する未練も、来栖に対する嫉妬心も、自分に対する嫌悪も浮かんでこなかった。今の僕の頭に浮かぶのは決意だけ。


美里が好きだという確固たる決意がいつになく僕の気持ちを高揚させた。


明日はどのような結果になっても後悔だけはしないと思う、してはいけないと思う。


そんなことを考えながら、僕は久しぶりにぐっすりと眠ることが出来た。




×××




翌日の放課後、僕は美里をあの教室に呼び出した。僕が一方的に美里に別れを突きつけたあの教室。


彼女の電話番号やアドレスは一方的に僕が消してしまったので、彼女の下駄箱に呼び出しの手紙を入れておいた。


美里が来てくれるかはわからない。もしかしたら手紙を捨ててしまったかもしれない。


ふと窓の外を見ると夕日が見えた。あの日と同じように全てを染める真っ赤な夕日。


――綺麗だ。


改めてそう思う。あの日僕は夕日を見て安堵した。でもいまの僕は夕日を見て不安を感じた。


もう彼女は帰ってしまったのかもしれない。僕の顔なんて見たくないのかもしれない。


嫌な想像が頭をよぎる。しかしそんな嫌な想像も扉が開く音と共に崩れ去る。


「そんなところで何をしているの?」


振り向くとそこにいたのは彼女。あの日とまったく同じセリフ。


あの日の彼女はどこかぎこちない笑顔を浮かべていた。でも今の彼女は無表情。顔からは何の感情も読み取れない。


だけどそんなことは僕には関係なかった。彼女が来てくれたことが嬉しくて。彼女と話しが出来ることが何よりも嬉しくて。やっぱり彼女の事が好きなんだと再確認する。


「来てくれてありがとう。今日は美里に話したいことあるんだ」


「話したいこと?」


「うん。今から僕が話す内容は美里にとって不愉快かもしれない。でも聞いて欲しいんだ。あの日言えなかったことを全部伝える」


僕は一方的に語りだした。何で美里と別れることになったのか。美里とのズレのこと。今僕が抱いている素直な気持ち。


美里は僕の話しを黙って聞いていた。表情は相変わらず崩れることはない。そのことに挫けそうになったけど、僕は自分の気持ちに従った。


「高校になって美里がどんどん変わっていくのが辛かった。僕との差がどんどん広がっていくみたいで、美里が変わる度に僕達の距離が離れていく気がした。気遣いという名の言い訳で僕達のズレをきちんと話し合わなかったことをとても後悔している」


「美里に全部黙っていてごめん。一方的に別れを告げてごめん。きちんと話し合わなくてごめん。美里と別れて漸くわかった。例えどんな目に合っても、世界中が敵に回ったとしても僕は美里のことが大好きです。美里が許してくれるなら、僕はもう一度美里の彼氏になりたいです」


暫らくの間美里は何も答えなかった。教室に沈黙が流れる。やがて小さな声で語り始めた。


「……私達が付き合い始めたのは中学の時だったよね。あの時の私たらさ、髪型も服装もダサくて、性格だって今とは全然違くて、我ながら酷かったと思う。でもさ、ファッションとかメイクを覚えてさ、自分を変えたらずっと欲しかった友達が大勢出来た」


「私は多分、友達が大勢出来て浮かれていたんだと思う。君に黙って礼君と出かけてのだって、あの時は相談事にのってもらっただけって言ったけど、心のどこかではデートだって自覚していたと思う。友達付き合いが楽しくて、君との付き合いが煩わしいと感じたことも一度や二度のことではない。でもさ、君に別れを言われてからね、ずっと考えていたの。今いる友達は中学の時の私でも仲良くしてくれるのかなって。それでね、漸く思い出したの。一番辛かったあの時、私を支えてくれていたのは君なんだなって」


「私のほうこそごめんなさい。きちんと話し合わなくてごめんなさい。君が嫌がらせを受けているのに気付かなくてごめんなさい。……私達はお互いにお互いから逃げていたんだね。だからもう一度やり直そう?」


「じゃ、じゃあ、僕のことを許してくれるの?もう一度僕の彼女になってくれるの?」


「うん!私のほうこそよろしく。もう一度私の彼氏になってください」


そう言って笑顔で涙を流した彼女の顔がぼやけて映る。頬を伝う温かさも全部無視して、僕は久しぶりに愛しい彼女を抱きしめた。




×××




あれから僕達はなくした時間を埋めるようにお互い話しをした。教室から下駄箱までのわずかな時間。


でもその時間が何よりも楽しくて、彼女の隣に立てることが何よりも嬉しかった。


僕と美里は約束をした。約束の内容は唯一つ。お互いに言いたいことを言う。ただそれだけ。


その結果喧嘩をすることもあるかもしれない。でもすれ違うよりはずっとマシだと思うから。これからはズレが出来てもきちんと直視しようと思う。


「……そういえば最近美里と来栖はよく一緒にいたよね。もしかして来栖のことが好きになりかけてた?」


僕が約束を守って聞きたかった事を聞くと美里はどこかきまずそうに答えてくれた。


「……正直に言うと昨日告白された。返事は保留にしてもらったけど、多分今日君にもう一度告白されていなかったらオッケーの返事をだしていたと思う。でもね、それは多分礼君のことが好きだからじゃなくて君と別れて寂しいからだと思うの。今日君に告白されて本当に良かった。多分、このまま礼君と付き合っていたら自分も礼君も傷つけることになったと思うから」


何て答えたらいいのかわからなくて、ついつい言葉がひっこんでしまう。


ふと前をむくと来栖の姿が見えた。下駄箱によりかかり誰かを待っているみたいだ。多分、ううん、確実に美里のことを待っているのだろう。


美里も来栖の姿に気付いたのだろう。足取りが止まった。


ふと食堂での来栖とのやり取りが頭に浮かんだ。


あの時の僕は来栖に何もいうことが出来なかった。彼の宣言をただ聞くだけで美里の彼氏として言うべき言葉が出なかった。


でも今は違う。僕は硬直する美里の手を握り来栖の前まで進みでた。


「食堂で来栖に宣戦布告された時、僕は何も言うことが出来なかった。だけどあの時の言葉を今言うよ。僕は美里が大好きだ。彼女と別れるなんて考えられない。来栖に美里を渡すことは出来ない」


来栖はいきなりの僕達の登場にびっくりしたみたいだけど、真剣な顔で僕の言葉を聞いていた。


「それが俺の告白に対する山野辺さんの答えでいいのかな?」


「うん。卑怯な言い方だけど、礼君のことは好きだよ。でもね、その好きは異性としての好きじゃないの。私はやっぱり彼のことが好きなの。ここ数日で改めてそう思った。だから礼君と付き合うことは出来ません。好きになってくれてありがとう。でも、ごめんなさい」


来栖は美里の返事を聞くと一瞬だけ俯いた。でも再び顔を上げた来栖の表情は笑顔で、なんでもないような顔をしていた。


「そっか。あ~あ!振られちゃったなあ。うん、それなら仕方ないね。気まずいとは思うけどさ、明日になっても今までどおり接してくれな?」


「うん。礼君もね」


「ああ」


そう言うと来栖は僕の方を向いた。


「彼女のこと、絶対に幸せにしろよ!!もう二度と傷つけるようなマネをするなよ!!」


その問いに対する僕の答えは決まっていた。


僕の答えを聞くと来栖は満足そうに笑って僕達の前から去っていった。


「美里は良い男に告白されたんだね。男の僕から見ても来栖は凄いなって思った」


「うん。でもね、私は君が好きなんだよ。私にとっては礼君より君の方が素敵なの」


僕達はその場から暫らく動かなかった。ふと窓を見ると夕日が完全に沈みもう夜になっている。


「帰ろうか。美里に話すことがたくさんあるんだ」


「私も話すことがたくさんあるの。時間がいくつあっても足りないくらい。今日は徹夜になるかもしれないわよ?」


「望むところだね」


僕と彼女はお互いに手を繋ぎ、肩を寄せ合いながら歩きだした。











――好きって何だろう?


この質問の答えが漸く出た。僕にとって好きとは美里そのものであり、美里への気持ちそのものだ。


時には周りを見ることも大事かもしれない。でも、最終的に大事なのはやっぱり自分の気持ちなのだ。


もう僕は大丈夫。この先どんなに辛いことがあっても、再び暴力を受けるようなことが起きても絶対に大丈夫。


だって僕が一番大切な人が、世界で一番愛しい人が隣にいるのだから。





アチュードとバラモンの恋(完)

前作からかなりの時間が経ちました。続編を楽しみにしていてくださった方々には申し訳ないです。


以下言い訳。


実のところ、本作も作者が抱えているファンタジー作品もある程度までは書けているのです。ただそこから先に筆が進まなくて……。


本作は急激に妄想力が高まったので『ある程度』の続きを書くことが出来ました。


いつか彼女サイトの話しも書きたいなと妄想して筆をおかせていただきます。


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