番外・締:何度でも君に逢いに行く
――必ず迎えに行くから、待っていて――
「栖臣、留学するんだって?」
「ああ」
「どこへ?」
「フィンランド」
「はぁ?!アメリカとかで無くて?」
「なんかね……両親がすっごいムー○ンフリークでさ……向こうに移住しちゃったムーミ○仲間の夫婦と盛り上がって、そこへホームステイしてこいって、勝手に決まってた」
「ご愁傷さま」
本当に散々だと思う。
ようこそ森と湖の国フィンランドへ、ってか。
ヘルシンキ空港に降り立った僕を迎えたのは、スマホへのメールだった。
そこには急用で迎えに行けないことと、待ち合わせ時間と待ち合わせ場所への道順が写真や地図込みで記されていた。
観光アドバイザーであり、日芬親善大使を自任しているだけあって、そのナビゲーションはとても分かりやすく、さして苦も無くヘルシンキ駅に到着する。
待ち合わせ時間まで、あと数時間。
時間潰しと観光がてら散策することにした。
慣れない石畳に足を取られ、街並みの美しさに見惚れながら着いたのは緑地帯のような公園。
適当に買ったドリンク片手にベンチに腰掛ける。
人が行き交う中、目の端に同じ年頃の女性が入った。
何とは無しに目を向けると、連れなのかこれまた同じ年頃の青年に腕を引かれて立ち止り、もめ始める。
『待てよ。一緒にランチでもって言ってるだけだろ!』
『嫌だと何度言わせる気?!貴方と食べたらどんな飯もまずくなる!!』
『な、何だと?!』
眼前で繰り広げられているのは、ステディ関係にある男女とは思えない喧嘩。
頭に血が上ったのか、青年が女性の腕を捕まえていない方の手を振り上げるのを見て、さすがに止めに入る。
『失礼、口説きたい女性に暴力を振るっては、手に入るものも入りませんよ?』
「男のカミカゼにも置けない!」
尻馬に乗るように放たれた言葉に首をかしげる。
「風上……?」
「おや?Japani?サムライ?」
「えぇ、日本人です。が、侍ではありません」
何事も無かったかのように日本語で会話を続ける僕らに毒気を抜かれたのか、青年は女性の手を離し、バツが悪そうな顔をしながら無言で去って行った。
「ああ、助かった。友人が居ない所を狙われてな。難儀していた」
改めて礼を言われ、初めて彼女を正面から見る。
そして、言葉を失った。
淡い色彩の美しい女性に、目眩にも似た既視感を覚える。
「どうかしたか?」
凝視していたからか怪訝そうに覗きこまれて、自由になった口が考えるより先に動いた。
「君は……どこかで会ったこと……ある?」
「って、お前もナンパかい!?」
ビシリと胸に衝撃。
え?突っ込み?
戸惑いは一瞬で、直ぐに切り返す。
「ナンパと運命の出会いの違い、知ってる?」
「はぁ?!」
「最後に結ばれるかどうか、だよ?」
胸を打った彼女の手を握り、湖の様な薄青い瞳を覗き込み返した。
真っ直ぐに視線が合わさる心地よさと湧き上がる懐かしさに、何故か泣きたくなった。
「ディアナ」
零れ出たのは一つの名前。
大きく見開かれた瞳から目を逸らすことなく、言葉を重ねる。
「貴女の名前、ディアナ、ですよね?」
そう僕は、遥か昔から貴女の名前を知っていた。
僕だけの貴女
貴女だけの僕
そうして出会った二人の物語が始まる。
――何度でも君を探し、そして君に逢いに行く――
これにて、おしまいです。




