タイトル未定2026/09/12 10:12
=====2026年6月13日16時21分=====
——————殿は死んでしまわれた。
=====1568年5月19日(旧暦)=====
私は公家でした。
近衛前久に連れられ出会ったのが私と殿の初の邂逅でした。
大江といえば、大江匡房だとかいるのだけれど今の時代は近衛などのお家が強く、言ってしまえばそこまで強くはなかった。
しかし、昔から続く学者の家系で、地頭はまあ良かった。
なまじいいからこそ世の辛さを知ってしまう。
何もできない弱さを食い殺すしかできずにいる。
今よりも昔、鎌倉の時代にて大江広元という男が武士として台頭した。
そこからの系譜で毛利氏も台頭。
現在、毛利の城下町は西の京とまで呼ばれている。
無論、公家にもそれは伝わっている。
そうすると我々の大江は落ちこぼれとなるのです。
この時代、「落ちこぼれ」というのは死よりも酷いものなのです。
何より、荘園に頼りきり武士に何もいえないでいる、階級だけが高い公家にそう言われるのがくそ腹立つ。
いや、私だけが馬鹿にされるのはよいのだ。
しかし、周りの公家は我が母を、父を、兄弟を馬鹿にした。
それでもやはり私は、ただ歯を食いしばるばかり。
手を出せば打首獄門さようなら。
もしそうでなくても誹謗中傷され続け、友はなくなり死にたくなるのは目に見えている。
そして今日もまた家族を馬鹿にされてしまう。
なぜ私を攻撃しない。
お高い貴族様は、
「お前の家族は改易した方がいい。うん、そうしよう。それで殉死するんだ。そうした方が公家のためだ」
私は歯を食い縛り、震えて泣いた。
声を押し殺して泣いた。
私は、家族や自分の名誉だとかプライドよりも、自分の命の方が大切だった!
私は俯いた。俯くことしかできなかった。
そしてヘラヘラと一芸してみせるのだ。
すると皆、誇りはないのかと軽蔑してくる。
結果、友人と呼べるものはいなくなってしまった。
しかし、私は薄情だった。
友人が居なくとも家族と自分が無事なら、別に死にたくならなかったのだ。
心底、私は下らない男である。
皮肉なことに、友がいないため勉強は捗るばかり。
私は公家の同世代で一番の頭脳を有した。
それでもお家の株は上がらない。
そんな中、私を部下にしたのが近衛前久様である。
なぜ私を部下にしたのか聞いたことがある。
「冠位十二階を調べてこい!」
そう言われた。
私は素直に喜べず、自分は孤独な存在だと沸々と感じてしまった。
そのため大して仕事にもやる気が出ず、かといってなあなあにもできず、なんだか揺れ動いていた。
そんな状態でも他より有能でありましたから、仕事にはよく連れて行かれた。
それで近衛前久様の任務に同行した際に出会ったのが信長様だった。
私は最初、こいつがあの噂に聞く、邪智暴虐の織田信長なのか目を疑った。
金平糖を頬張りながら高笑いするやつからは決して、延暦寺を燃やしたようには思えなかったのだ。




