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天乞う王の原罪  作者: 斑鳩睡蓮


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第7話 「決して砕けない石を、きみに」

 ある朝、白い少女は死んでしまった。


「クライノートっ!」


 朝日が昇る頃、塔のてっぺんに登ったオロは動かない少女に走り寄る。(まぶた)は固く閉ざされ、手足は力なく床に投げ出されていた。翼は輝きを失い、どこか灰色がかって見える。そっと彼女の指先に触れれば、温もりはとうになく、柔らかさも失せつつあった。


 もう彼女は泣かない。どれだけオロが頑張っても泣き止ませることはできなかったのに、死はいとも簡単に少女を泣き止ませてしまった。


「……い、かないで」


 オロは少女の身体を抱きしめようとした。けれど、ぱきんぽきんと音がして、星の守り人の身体は壊れていった。オロの手が華奢な身体に触れる前に砕け散る。少女を縛っていた金の鎖と枷も一緒になって砕けていった。金剛石のはめこまれた銀の指輪も。


「あ……あ……あぁ」


 何もかも透き通った破片になって消えていく。生きてさえいたら、身体さえあったらクライノートは戻ってくる。信じていたのに、消えていく。両手を彷徨わせても、ひとかけらだって指先に引っかからない。


 そして、最後──。


 洗いたての太陽の光が塔の窓から差しこんでくる。目を細めながら光の筋を辿ると、白い少女の亡骸のあった場所でガラスの花が咲くところだった。白い光を浴びながら花は綻び、咲き誇る。透明な花をくぐった光はいくつもの色に分かれて床を染めていく。オロの目を眩ませるくらい、きらきらと輝いた。容易く壊れる脆い花。それがクライノートの墓標だった。


「僕をおいていかないで」


 ひとりは寂しい。こんなに寒いせかいはオロひとりでは生きられない。


「もういちど、きみに……」


 だから。


 間違っていたってかまわない。正しくなくたっていい。どれほどの罪だとしてもかまいはしない。


 夜の帳のような長い髪をなびかせてオロは走った。地下室から瓶や石を持って塔へ上った。瓶の中には、いつかクライノートのむしった羽根が詰まっている。今までの研究成果を全部かき集めて、ガラスの花の前に立つ。


 たった今、やっと二十一グラム分の魂をつくるために足りないものが分かった。


 ナイフで指先を切った。その血で錬成陣を書いていく。大きな術だった。リゼルの身体をつくったのと同じ術。けれど、今度は魂だってつくってみせる。


 血が足りなくなるたびにオロは指先を切りつけた。白くなっていく指先も、傷を抉る痛みも気にならない。幾重にも円環を重ね、幾重にも三角形を重ね、幾重にも五芒星と六芒星を重ねて描く。潰れないように気を配りながらも淀みなく、正確に。


 鉛に土星。錫に木星。鉄に火星。金に太陽。銅に金星。水銀に水星。銀に月。それぞれ七つの金属を錬成陣に組みこんで天球の法則を指し示す。


 星から力を奪い取り、星を騙して、禁忌を破る。


 骨には金剛石、血には紅玉、肉には柘榴石、皮には蛍石、臓器にはそれぞれ対応する宝石を。そして翼には羽根を。いくつもの石を重ねて羽根とともに錬成陣に組みこんで、身体を織りなす素とする。


 血の円環がくるりくるりと回り出す。脈打つように光は強く弱く変化する。緋色の糸が伸びていく。編み上げていくのは新しいひとのかたち。求めるのは金剛石の瞳と翼を持った白い少女。


 ガラスの花を掴み取って、最後に捧ぐ。


 これがきっと、魂になる。


 神ならざる身では真に魂などつくれない。


 ゆえに。


 死してもなお残る形こそが魂であると定義しよう。


「決して砕けない石を、きみに」


 オロの手の中でガラスの花が砕けていく。ガラスの欠片は金剛石の欠片になって溶けていく。やがて透き通った糸になって人のかたちの中に織りこまれていった。


 星の火花が踊っている。天球儀のように回っていた光の繭が解けていく。脈拍する光の明滅は少しずつ弱くなっていく。風が止んだ後、白い少女がオロの前に落ちてきた。


 けれど。


 ゆっくりと白い睫毛(まつげ)を揺らして片翼の少女が目を開ける。金剛石の特別きれいな瞳がオロを映す。その薄桃色の唇が動いた。なのに、声が聞こえない。


 新雪のように真っ白な少女は純白の髪を揺らして、ふわりと笑う。


 けれど。


「……違う」


 首を傾げてオロを見つめる彼女は、クライノートではない。


「違う」


 よく似ているだけの、別のものだ。


「違う、ちがう、ちがう、ちがうちがうちがう──ッ!」


 何かがオロの中でプツンと切れた。


「……ぁ」


 気づけばオロは短剣を握りしめていた。オロの指を切って血に濡れた刃を心臓に。


 声を持たない片翼の少女が金剛石の目を見開いた。彼女が伸ばした手はオロに届かない。


 とすん、と軽い音を立てて刃はオロの心臓を貫いた。あふれ出した血と一緒に身体から力が抜けていく。まず膝が床を打った。次に横倒しになって身体が白い床を転がっていく。じわじわと広がっていく血は驚くほどに多かった。灰銀の目から光が薄れてふつりと消える。そしてオロの身体は壊れていった。


 オロがクライノートを蘇らせるために書き換えた、世界の法則に従って。


 崩れて消えて、最期に黄金の鎖が落ちた。床を叩いた衝撃で、鎖の欠片がひとつ飛んでいった。それはオロの描いた錬成陣の中心で動きを止める。とくん、と拍動するように一度だけ錬成陣が輝いて、鎖の欠片は溶けていった。


 そのとき、地下書庫の奥に忘れ去られた棺の重さを量った者がいたのなら、その重さが二十一グラムだけ重くなったことに気がついたかもしれない。



 ✧



 太陽のように眩しい金髪を持つ男が王の塔に足を踏み入れた。階段に足すら触れなかったというのに、次に男がいたのは最上階だった。整った貌の男は碧天の瞳を走らせる。そこには錬成陣と血だまりと、黄金の鎖と、目を見開いたままの片翼の少女があった。


 悠然とした男の歩みで白い床から血が拭い去られて消えていく。錬金の王の血によって描かれた錬成陣もまた掻き消えた。


 悲痛で見開かれた少女の目元にそっと触れる。金剛石の瞳は魔法のように下りてきた(まぶた)に隠されて、白い少女は安らかな顔で眠りにつく。男が指先を振ると、黄金の鎖が少女の身体を縛り上げていった。


「今はまだ、お眠り」


 とろけるように微笑んだ。


 男が塔を降りていく。同時に塔の中の時間がゆっくりと凍っていく。塔のあちこちから石が伸びていく。かつて錬金の王が捨てた石たちだった。血の紅、空の蒼、沼底の翠、黄昏の黄色、夜明けの紫、綻んだ花の桃色……まだまだ結晶は育っていく。


 そうして王の塔は時の狭間に取り残された。いつか、訪れる目覚めのときを待ちながら。




「罪には罰を、罰には赦しを与えないといけないね」


 謳うように男は呟く。軽やかな爪先は地下書庫に向かっていた。


 闇に閉ざされた部屋の中では男の姿はぼうと浮いているよう。光ひとつない部屋を何に躓くこともなく、男は歩みを進めていく。そして、部屋の奥、埃の積もった黒曜石の棺の前で足を止めた。


 ひとりでに空いた棺の蓋。その下では幼い少年がすやすやと眠っている。黒に近い深青の髪の少年の頬には赤みが差し、胸はゆっくりと上下していた。男が微笑みかけると、棺の蓋が再びぴったりと閉ざされた。


「リゼル・オロ・レヴェニア……それが終わりの王の名前なのだね」


 満足げに男は棺の蓋に書かれた金文字を撫でる。それで、棺の中の時間も凍った。


「きみも眠るといい。きみが目覚めたときが私が人に与える最後の贖罪の機会だ」


 ゆらゆらと男の姿が消えていく。


「きみは始まりの王と同じ罪を犯すだろうか。それとも、別の罪を犯すだろうか」


 ──それとも。




お読みくださってありがとうございます。

この物語の続きはこちらになります。よろしければぜひ。

箱庭の王国

https://ncode.syosetu.com/n1113hv/

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