第2話 三竦み
「テバサキさん、何をそんな真剣そうにパソコンをにらんでいるんですか。」
クオンがしびれを切らしてテバサキにたずねた。クオンが黒野校に異動して2日目。昨日の大出校での泥臭い大団円とはうってかわって、今日は電話が全く鳴らない。どの校舎からも依頼がこない。
「何って、ソリティアだ。」
「窓際族の典型的なゲームしてる…。ルリイは何してるの?」
「フリーセルです。」
「なんで二人ともパソコンの初期設定で入っているゲームしてるんですか!仕事しなさいよ!ってかルリイって昨日はすごい真面目に仕事していなかったっけ?エクセルでいろいろ作業してたじゃん!」
「昨日すべて終わらせたので。それにセルを使った作業、という意味ではエクセルでの業務もフリーセルでの業務も大差ないと思います。」
「うまくないからね!」
「クオン、昨日も同じことを言ったはずだ。依頼が来なければ仕事も発生しない。気楽に構えていろよ。」
クオンは返答に困った。何もしていないのに給料をもらっているというこの状況に居心地の悪さを感じていたのだ。テバサキが煮え切らない顔をしているクオンを見て続けた。
「何もしなくて大丈夫なのか、と思っていそうな顔だな。大丈夫。何もしなかった時間がすべて相殺されるような依頼もくるから。休めるうちに休んでおいたほうがいい。」
クオンは言葉にならない声で返事をし、再び沈黙が訪れた。
「詰んだ。」
テバサキがつぶやいた。
「私もです。」
ルリイもつぶやいた。
「よしクオン、近くに『スーパーみかど』っていうスーパーがあるから、そこでお菓子を買ってくるんだ。お茶会をしよう。」
テバサキが唐突に提案をする。
「いやですよ、そんな使いっ走り。テバサキさんが提案したんだからテバサキさんが自分で行ってください。」
「いやだね。俺は上司だぞ。」
「まだ上司らしいこと何もしてないくせに!」
ここでルリイが割って入った。
「では平等にジャンケンで決めましょう。」
テバサキがそれを聞いてにやりとした。
「わかった。じゃあいっそ、『手』から考えよう。どうせ暇なんだ。」
クオンは戸惑った。
「え、『手』を考えるっていうのは…」
「グー、チョキ、パーじゃない『手』でジャンケンをするんだ。だからまずはどんな『手』がグー、チョキ、パーそれぞれに取って代わることができるか考える。」
「お茶会は!?!?」
「なんだクオン、使いっ走りは嫌がるくせに、お茶会自体にはノリノリじゃないか。」
この暇な時間を脱することができると、クオンはひそかに喜んでいたことを見抜かれてしまいたじろいだ。
「いいかクオン。配属されてすぐの頃のルリイにも伝えたが、この校舎では如何に暇な時間を退屈に過ごさないか、が大切なんだ。そういう意味では『お茶会』も1つの手段にすぎない。俺はお茶会をしたいんじゃない、退屈したくないんだ。」
テバサキは続ける。
「だからお茶会に至るまでの道程にも退屈しない機会があるなら俺は存分にそれを享受する。」
「何言ってるんだこの人は。」
「校舎長、せっかくお二人は塾の先生をされているんですし、学校の勉強に関する要素から三竦みの関係を見つけてみてはいかがでしょうか。」
「ルリイは乗り気なんだな…。」
テバサキの屁理屈に指摘をしながらもクオンは他にやることもなかったので、ルリイの言う通りに三竦みの関係を頭の中で模索した。
曾倉塾は高校受験をする中学生を対象とした塾であり、多くの校舎には講師が二人配属される。一人が文系、もう一人が理系だ。黒野校の場合、校舎長のテバサキは理系、クオンは文系である。
「そもそも要素が『3つ』っていうのが難しいです。三国志とかかな。」
クオンがつぶやいた。
「魏・呉・蜀か。三竦みなのか?」
テバサキが聞いた。
「まったく。魏をやっつけるために呉と蜀で手を組んで戦ったりしてますからね。とてもじゃないけど魏がどちらか一国に負けるなんて構図は成り立たないです。」
「それに、三国志をどうやって『手』で表すんですか。」
ルリイの指摘にクオンははっとした。
「それが一番難しいよ…。」
ここでテバサキが話し始めた。
「むっ。生物分野だ。生産者、消費者、分解者でどうだ。生産者が生成した有機エネルギーを消費者が食す。そして消費者の肉体を分解者が分解する。生産者は植物だから掌で葉っぱ。消費者は動物の代表、そうだな、百獣の王、ライオンの真似をしよう。がおーって。分解者は微生物だから、指でごく小さな丸を作ればいい。」
そう言ってテバサキは人差し指を丸めて小さな輪を作り、その穴からこちらを覗く仕草をした。
「『手』の形まで表現できていますが、分解者が生産者に負ける理由はどう説明しますか?」
ルリイは聞くとテバサキは頭をかいた。
「分解者は消費者から得られる有機物を無機物に変換して、生産者のエネルギーにするぞ…。」
「それは『勝ち』ですか?」
「ちがうな…。というか消費者だけでなく生産者も分解するな、分解者は…。」
「三竦みって考案するのは結構難しいんですね。ジャンケンを作り出した人ってすごいんだな。」
クオンがしみじみと言った。
「そもそも『要素が三つ』のものを挙げるのも難儀ですね。私は『じゃがたまにんじん』くらいしか思いつかないです。」
とルリイ。
「じゃがたまにんじん?」
テバサキとクオンが声をそろえた。
「お二人とも自炊しないんですか?じゃがいも、たまねぎ、にんじんのことです。この3つが揃っていれば1食分のおかずは何かしら出来ますから。」
「そうやってまとめて言う言い方があるのは知らなかったな。」
とテバサキ。
「ちなみに自炊なんて去年まではする暇がなかったな。今年は余裕があるから頑張ってみようか。」
とクオンがつぶやく。
それから3人でいくつか候補を挙げた。電流・磁力・力の向き(「むしろそれを全て合わせて1つの『手』の形になりますね。」とルリイ。)、三角貿易(「これはイギリス一強だな。」とクオン。「国を手で表現するのは無理という話だったろう。」とテバサキ。)、三頭政治(「これはカエサルの一強だな。」とクオン。)、第2回三頭政治(「これはアウグストゥス一強だな。」とクオン。)、アウステルリッツ三帝会戦(「これはフランス一強だな。」とクオン。「さっきからクオンしか喋ってないぞ。」とテバサキ。)など様々な意見を出したがどれもしっくりこない。
しばらく3人が考え込んだあと、ルリイが言った。
「三竦みの元ネタってありませんでしたか?」
「元ネタ?」
テバサキが眉を上げた。
「ナメクジはカエルを恐れ、カエルはヘビを恐れ、ヘビはナメクジを恐れるっていう構図ですよ。」
「ヘビってナメクジを恐れるの?」
クオンが聞いた。
「ナメクジの粘液がヘビの体を溶かすと思われてたみたいです。実際にはそんなことないですけど。」
「へぇ。そういう雑学も知ってるんだなルリイは。」
テバサキが感心して言った。
「あ、でも提案しておいてこんなこと言うのも変なんですけど、ヘビもナメクジもカエルも苦手だから却下したいです。」
「まぁ、石・はさみ・紙みたいなポップな印象はないね。」
とクオン。ここでテバサキが言った。
「講師・生徒・保護者は三竦みだな。」
「あ、たしかに。講師は生徒を叱る。生徒は保護者の言うことを聞かない。だから保護者は講師に文句を言って生徒の指導に口を出す。講師は保護者からお金をもらっている以上、いうことを聞かざるを得ない。」
クオンがすらすらと言った。
「塾の先生の本音というか現実的な局面が見えてきて、なんだか嫌な気持ちになりました。カエル・ヘビ・ナメクジと同じ理由で却下です。あと『手』でどうやって表すんですか。」
「たしかに…。」
テバサキとクオンがルリイの指摘に諭された。
「3かぁ…。」
クオンはつぶやいた。そしてひらめいた。何でこんな簡単な要素を思いつかなかったのだろう。
「あ!三権分立でいいじゃないですか!司法・立法・行政!それぞれが暴走しないようにそれぞれを抑止する権利が与えられていますよ!」
「うお!たしかにその通りだ!そんな用語もあったなぁ!」
テバサキが声色を少し上げて賛同した。ルリイも続く。
「『手』はどうしましょう?」
「司法は『し』だから『4』じゃないかな。立法は『りっ』で『6』にしよう。漢字の『六』は『りく』とも読むし!『六花』とか『六道』とか!」
そう言ってクオンは、左手は親指を折り、右手は小指以外の指を折った。
「行政はどうするんだ?」
とテバサキ。
「行政は『ぎょう』だから…。『にすい』に『うたがう』で『凝』でいいんじゃないですか?」
クオンは目を輝かせて言った。
「『凝』?オーラを体の一部に集中させるんですか?」
「念能力の話はしていないよルリイ。というかそういう話も分かっちゃうのね。」
クオンが続ける。
「目を凝らしましょう。『4』か『6』か『目を凝らす』でいきましょう。」
「『手』ではなくなるじゃないか…」
テバサキの指摘が入るが、クオンは自分のひらめきに夢中になり馬耳東風だった。
「じゃあいきますよ!モン!テス!キュー!」
唐突で不可思議なクオンの掛け声にテバサキとルリイの手は動かず、クオン自身も自分の掛け声にひと工夫を講じることに集中したせいで手が動かなかった。その結果、三人とも目を大きく見開いて『凝』をすることになった。ぎょろりとした6つの目がお互いの様子を見るためにぎょろぎょろと動いていた。お互いをにらみつけながらルリイが言う。
「今私たち、ジャンケンしてるんですよね。にらめっこではなく。」
ひときわ大きな目を見開いているルリイが言った。
「そのはずだ。」
目つきの悪い小さな目を最大限に開く努力をしながらテバサキが答える。
「ちなみに今はあいこだが、どの『手』がどれに勝つんだ、クオン。」
「三権分立はお互いがお互いの抑止力になるので、どれかがどれかに勝つ、という状況はあり得ないですね。」
最大限に見開いた目で虚空を見つめながらクオンがぽつりと言った。テバサキ、ルリイのにらみのきいた視線がクオンに集まる。
「じゃあもう、お前の負けだ。クオン。」
テバサキがクオンを睨みつけながら言った。
「スーパーみかどです。クオンさん。」
ルリイも続いた。
「…はい。」
クオンは黒野校の重たいガラス扉を開けて、スーパーみかどへ続く道を辿った。
To be continued




