野球観戦
約束の土曜日、極光は特段デートプランを考えていなかった。この世界において、そういうのを考えるのは女子側だからだ。
とりあえず、黒いシャツと黒いデニムに着替えて、桑原が指定した場所で待つ。どうやら野球観戦をするらしく、地元のプロ野球場の近くに訪れた。
「おまたせ~、佐藤くん」
「待ってねぇから大丈夫」
下にピンクのシャツ、上に丈の短い青いワンピース。子どもっぽい服装なのは間違いない。
「で、これからどうするよ」
「野球観戦でしょ! 私、ポセイドンズ好きなんだよね~」
「あぁ、地元のチームか」
「チケットも取ってあるから、早く中入ろ!」
腕を引っ張られ、極光は野球場へと連れて行かれる。野球が嫌い、というわけではないが、いかんせん間延びするので、あまり好きとも言えない。
とか、思っていたら、
「……チッ」
極光が露骨な舌打ちをした。桑原は怪訝そうな面持ちになる。
「どうしたの?」
「いや……なんでもねぇよ」
イヨウ・ファミリーの連中がいた。ただ野球を見に来ただけなのか、どこからともなく極光の情報を手にしたのか。ともかく、数万人はいるこの場所で騒ぎを起こしたくないので、極光はさっさと入場を済ませてしまう。
「うぉ、広いな」
「野球場来るの、初めて?」
「そうだな。けど、こんな広いとは思わなかった」
圧倒されるかのように、ただ広い球場であった。確かこのスタジアムは狭いほうらしいが、それでもヒト、ヒト、ヒト……と悪酔いしそうなくらいにヒトが集まっていて、ゲートから入ったときの壮大な景色は、思わず写真に収めたくなるほどだった。
「写真撮っておくか。初めて来たわけだし」
「なら、いっしょに撮ろうよ1」
ヒトの騒音が聞こえる中、ふたりはセルフィーで球場を背後に写真を撮った。
「結構良い席取ったんだ~。佐藤くんとのデートだからね~」
「何円かかった?」
「え?」
「そりゃ、せめて割り勘にするのが筋ってモンだろ」
「いらないよ~。あたしから誘ったわけだし」
「本当に?」
「本当に」
「なら、ありがたく受け取っておく。ありがとう」
「どういたしまして~」
試合開始まで30分ほど。スタメンが発表される頃合いだ。
「すげぇ席だな。球場を一望できる」
「でっしょ!! いやー、きょうこそポセイドンズ勝ってくれないかな~」
「負け続きなの?」
「うん、ここのところ2勝10敗だね」
「ひでぇ戦績だな」
「まぁ、弱いのを承知で行っているんだから仕方ないよ」
というわけで、ふたりはバックネット裏の高価なシートにもたれて試合開始を待つ。
ただその頃、
イヨウ・ファミリーの連中が、こちらを視認したのを確認した。
桑原を巻き込みたくないので、極光は一旦立ち上がり、「トイレ行ってくる」とだけ伝える。
「いってらっしゃい~!」
トイレに行く最中、何者かにつけられている感触があった。おそらく連中だろう。にしても、良く極光を見失わず追跡できるものだ。
(ストーカー系の能力者でも連れて来ているのかね。こりゃあ、厄介だ)
とはいえ、これだけの客が集まる場所。いきなりドンパチを始めるつもりはないだろう。始めるとしたら、試合が終わって客がバラけだしたときだ。
(ま、大人しく試合見ているかね)
有言通りトイレを済ませ、極光は元の席に戻っていく。
やはりここで喧嘩を始めるつもりはないのか。桑原にはなにもなかったため、スタメン発表をまじまじと見つめていた。
「待たせたな」
「トイレ、激混みするしね~。仕方ないよ」
そんなこんなで、試合を眺めていた。正直ルールはあまり知らないが、まぁ桑原の表情が明るい時点で良い運びができているのだろう。ホームランも見られたし。
時間にして2時間40分ほど。試合は3対1でポセイドンズの勝利。どうも連敗中だったらしく、ヒーローインタビューではそのことも触れられていた。
「さて、もう遅いし帰ろうか。それとも、どこか寄る?」
「ホテル行きたい……じゃなくて、カラオケ行こうよ! お金はあたしが出すからさ!!」
「分かった。ありがとう」
ここら辺でイヨウ・ファミリーの連中が襲ってくるはずだ。極光は用心を強めた。