イヨウ・ファミリー
「おはよう、男子たち。なんの話してるの?」
明るい声が響き、極光と佐野は顔を上げた。
そこには、夏風舞雪が立っていた。彼女はクラスの学級委員長であり、ランクは脅威のダブルーエ──AA。能力は風に関する操作系統であり、政府からも注目されている。
「あぁ、夏風か。宮崎のこと知らね?」佐野が答える。
「宮崎くん? 宮崎くんなら、入院してるって話よ」
極光が声を荒げる。「入院!?」
「えぇ、知らなかったの?」
極光は途切れ途切れの言葉をつなげる。「なにが、あったんだよ……」
「それは直接本人に聞いたほうが良いんじゃない?」
「よし、佐野。早退しよう」
「あぁ」
「なら、私もついていくわ。ちょっと気になることがあるのよ」
*
病院に向かう道の最中で、極光は夏風の横顔を見た。確かに、この世界では整形やら異能力で顔立ちを良くしている女子はありふれている。しかし、夏風の容姿はそれらとは無縁の自然体なものだった。短めの黒髪に、どこの国とのハーフかは知らないが青い瞳。顔立ちに自信を持っているのは間違いない。
極光は唐突に質問する。「なぁ、夏風。オマエはこの世の中、どう思う?」
「どうって?」
「男女比がこんなに偏って、男が資源扱いされる世の中だよ」
夏風は歩きながら、ボソリと呟く。
「私は……公平じゃないと思う」
正直、こんなセリフを吐くとは思わなかった。高位の女子能力者は、自分たちの行いを絶対正しいと考えていると思っていたからだ。
「大昔、女性は男性に支配されてたのよね。なのに、少しずつ立場が秒等になって、いつの間にか女性優位の世界になってしまった。でもそれって、不平等であることには変わりないわ。100年くらい前と今。結局、人間はなにも変わらないのかもね」
「ふーん」佐野が口を挟む。「意外と理想主義なんだな」
「理想じゃなくて、常識よ。ただ、こんな世の中じゃ、常識と良識を持つ者が少数派になってしまっただけ」
という会話を交わし、汗ばむ暑さの中、病院へたどり着いた。宮崎の部屋番号を聞き出し、白いカーテンの向こう側へ向かう。
極光は声をかける。「宮崎、大丈夫だったか?」
「おぉ、来てくれたのか……」
極光は思わず息を呑んだ。至って普通だったはずの宮崎の顔立ちには、青あざがいくつもあり、目の下は腫れていたからだ。
「なにがあったんだ!?」
「ちょ、落ち着けって。個室じゃないんだから」宮崎は弱々しく笑う。「ちょっと絡まれただけだよ」
佐野は身を乗り出す。「誰に?」
「D組の女子どもだよ。名前は言えないけど……推測は立つだろ。学級委員長も来てくれてるんだから」
夏風は静かに言った。「イヨウ・ファミリーね」
イヨウ・ファミリー。極光たちが通う普通の高校では、悪い意味で有名な連中だ。構成員が全員女子で、そのリーダーである伊能知恵は、夏風と同じくランクAAである。更に、連中は男子に意味もなく暴力を振るうのが大好きであり、いわば暴力主義者たちの集まりといったところか。
夏風が言う。「アイツら、最近〝男子狩り〟してるって噂よ。繁殖のためじゃなくて、気に食わない男子を全員ボコしたいらしい」
宮崎は項垂れる。「まぁ、おれは気に食わなかったんだろうな。きのうは抵抗したけど、このザマさ」
極光は拳を握りしめた。「……警察に通報したか?」
「したところで意味がねぇ。高位の女能力者はいつだって優遇されるからな。それに、警察だって女だらけだしな。こういう事件は、往々として軽く扱われる。殴られ損だよ、こりゃ」
極光の頭の中は、怒りと無力感が渦巻いていた。
「……それでも、友だちが痛めつけられて黙っているわけにはいかねぇ。あの馬鹿女どもに報復してやる」
宮崎は訝るような表情になる。「ランクCのオマエにできることがあるのかよ?」
「あるさ」力強く宣言した。