女性優位の世界
20**年、人類は突如として『異能』に目覚めた。
最初は100円ライターでも再現できる発火程度だった異能力は、やがて雪だるま式に進化していき、いつしか世界そのものと闘っても勝ってしまうとされる存在すら現れてしまった。
……もっとも、その異能力に目覚めた者のほとんどは女性であったが。
そして、この世界にはもうひとつ奇妙な現象が起きた。出生する男児の比率が凄まじい勢いで減っていったのである。今となれば男性と女性の比率は1:10。もはや男性は繁殖用の資源として使い潰される日々を過ごしており、その役割すらも異能力で奪われかけていた。
そんな中、佐藤極光という少年は、この女性ばかりが優遇される世界に(当然ではあるが)疑念を抱いていた。
「今回の首相も女かよ。これで15人連続だぞ」
ニュースを流し見しながら、極光はそう呟く。歴史の教科書を見れば、当然のことながら総理大臣というポジションは男性が担ってきた。しかし、あまりにも男性が足りなさ過ぎるため、そういったある種の男性用の立ち位置も奪われているのが現状であった。
とはいえ、国政に関われるほど歳を重ねているわけでもないし、ましてやそういう立場にも興味はない。今すべきなのは、学校へ行くことだ。時刻は朝の8時40分。遅刻寸前である。
「ある意味、仕返しされているのかもな。男性主導だった世の中に反旗を翻されたと」
極光はたいして頭の良い高校生ではないが、こんな世の中になってから、数少ない男性たちはそう口を揃えている。なので、多分逆襲されているのだろう。だけど、それは果たして女性たちが望んだ世界なのかは分からない。
と、考えている暇もない。極光は髪の毛もセットせず、慌てて学校へ向かうのだった。
*
(本当に〝共学〟なのか文句つけたくなるよ)
極光の通う、偏差値的にも立地的にも普通の高校は共学ではある。が、いかんせん男女比が1;10なので、クラスに男子は3人しかいない。残りは全員女子だ。その分男子たちのつながりは深いため、悪いことばかりでもないが。
「よう、遅刻魔」
極光に気さくに話しかけてきたのは、顔立ちの整った金髪ツイストパーマの少年、佐野神楽だ。顔立ちが良いだけあって、女子にはモテモテ。ただ、この世界で女子に好かれるということは、下手すれば強姦にもつながるので、良いことばかりでもない。
「遅刻したくもなるさ。持たざる者としては」
「また異能力チェックでランクが上がらなかったの?」
「あぁ。いつレイプされるか不安で仕方ない」
「昔のヒトだったら、可愛い女の子に犯されるのは嬉しかったんだろうな」
「昔はな。今は違う」
女子どもは、少ないパイの取り合いをしているわけだから、整形やそれこそ異能力を使って顔を少しでも良くしようとする。確かに、異能力やら男女比が偏った世界でなければ、素晴らしい話だったのだろう。
「佐野は良いよな。ランクAだろ?」
「発火能力は偉大だよ。その気になりゃ、このクラスを火の海にすることもできる」
「羨ましいぜ……」
昔ながらの造りの学校に通う彼らは、窓にもたれながら、本格的な授業が始まるまで意味のないおしゃべりに明け暮れる。
極光はなんとなく訪ねてみる。「そういえば、宮崎は?」
「アイツ、きのうから返信が来ねぇんだ。もしかしたら拉致されたかも」
「マジかよ。クソッ、いつから男子の低能力者の人権はなくなっちまったんだ」
「今頃、親御さんが捜索届け出してるはずさ。日本の警察は優秀だから、すぐ見つかるだろ」
「見るも堪えねぇ遺体になっていたら、おれぁ立ち直れねぇぞ」
「それは祈るしかないわな……」
宮崎瑠東は、クラスに3人しかいない男子生徒のひとりで、極光や佐野の友だちだ。彼も極光と同じく低レベルの能力者で、いつ事件に巻き込まれてもおかしくないリスクを抱えている。