第4話 爪切りと歯磨きさせてほしい
花見サクラにとって恋人に尽くことは癒しである。
「癒されるわぁ~」
そういいながら、サクラは私の少々、伸びすぎた両手の爪を切り揃えていく。
事の発端は、今日の体育の授業後までさかのぼる。私が登校前に百合雑誌を読んでできた手の黒い汚れを水とハンドウォッシュを用いたサクラに洗われていたときのこと。
「爪伸びてない?」
「あっ、最近切ってなかったな」
サクラは私が爪を伸ばしてマニキュアを塗ったり、ネイルシールを貼ったりするタイプではないことを知っている。
かくいうサクラはネイルシールを貼っているので、爪は長めに伸ばすタイプだ。
「ねぇ、学校終わったらスミレの家に寄ってもいい? スミレの伸びた両手の爪を切らせてほしいの」
「んー」
悩んでいると、サクラはこういった。
「前回、スミレの家に行ったときはヒマワリも一緒に来てたし、今度は二人きりで部屋でハグしたいな。仕切り直しってことで」
そういわれると、なんだか断りづらい。
「じゃあ、サクラと歩いて家まで帰るよ」
「やった」
そうしてたった今、私はされるがままサクラに爪を切られているのである。
サクラは私の両手の爪を丁寧に形成していく。
すべての爪を爪切りで切り終えてから彼女は言った。
「じゃあさ、昼寝しよっか」
「眠いの?」
「私はそうでもないけどね。スミレが眠そうな顔をしてるから」
私は下校して家に着いてから昼寝をすることがある。
寝る前には歯を磨かないと落ち着かないので、きちんと歯を磨いてから眠っている。
たとえわずかな時間の睡眠であっても、寝ると決めたなら歯は磨きたいのだ。
共働きの両親は今は家にはいない。
そこで、大胆ではあるけれど、洗面室に隣接するリビングのソファーで仰向けになって歯を磨いてもらうことになった。
眠気のせいかあまり歯を磨かれることへの拒否感はない。
だからなのか、私としてもサクラに尽くしてもらうことに心地よさを感じなくはないのだ。
私とサクラは洗面室に行った。洗面台に置かれた私の歯ブラシに歯磨き粉を付けて、二人でリビングへ戻るとさっそく仰向けになったソファーの上で優しさにあふれた施しを受けた。
「いーってしてみて?」
そう言われたので、口を横に開いて上下の歯を見せる。
「歯並びいいよね」
その言葉が恥ずかしくて口数が少なくなってしまう。
「まずは上の歯からいくね」
サクラの視線は私の歯に注がれているのだけれども、目が合ってなくてもお互いの顔がすごく近いから目のやり場に困る。
「次は下の歯」
そういって、あいかわらずソファーの傍らで正座したまま、歯ブラシを絶妙な加減で動かしていく。
一連の作業が終わり、洗面室の洗面台で口をゆすいで歯ブラシをガラスコップに立ててなら、自室へ入った。
二人で布団に入ると、サクラが口を開いた。
「今回はフロントハグさせてくれる?」
前回、家に来たときサクラは私にバックハグをした。
そのとき、不健全な展開になるのを防ごうとフロントハグをしたのはヒマワリだった。
私はサクラの望みを叶えることにした。
そうして私はしばらくの間、サクラにフロントハグをされたまま幸せな状態で眠っていた。