第3話 体育の後は手洗いさせてほしい
私、楽満スミレは運動が苦手である。
ジョギングしようものならすぐに息切れを起こしてしまう。
体力もない方なので体育の授業はもっぱら見学している。
寵愛女子高校の一年の梅雨の時期の雨の日は体育館で縄跳びを行う。
私はもちろん見学だ。
この高校ではちょうど梅雨が始まる頃までの体育の授業は座学となっているために、六月からは隣のクラスとの合同授業となる。
今日は高校に入学してから初めての体育の実技がある。
私は制服のまま体育館へ行くと女性の体育教師がすでにいたので見学することを伝えてから、広い館内の隅の方で壁に背中を預けて足を投げ出して座っていた。
そうしていると、予鈴が鳴って、体育館のなかにぞろぞろと体操服に着替えた女子生徒たちが入ってきた。
教師が点呼を済ませると、二重跳びするのでペアになって一分間に何回跳べたか用紙に記録するように言った。
サクラとヒマワリが束ねて結んだ跳び縄と用紙をそれぞ左右の手に持ったまま私のいる方へやってきた。
どうやら、二人はペアらしい。
「私の胸の揺らぎを見てほしくて」
「一人で二重跳びをしないといけない制限はないから私も一緒に跳ばせてもらいます」
サクラが恥ずかしそうなふりをわざとモジモジしてながら言ってから、ヒマワリが付け足した。
「二人跳びってやつだね」
私が両手を床について立ち上がり、後ろ手を組んだままそういうとサクラが怪訝そうな顔をした。
「手、どうかした?」
「えっ?」
「いつも、スミレは後ろに手を組んだりしないからさ。何かあったの?」
「えっと」
「話して」
「早起きして、百合系の漫画雑誌読んでたら手がインクで汚れっちゃて時間ないからそのままで学校来ちゃったんだ」
「それなら、体育が終わったら私が洗ってあげる。いいでしょ?」
私がためらっていると、サクラにせがまれた。
断り切れず、彼女の提案を受け入れた。
そうして、二人跳びが始まったのだが、サクラとヒマワリの相性は良いらしく、同じリズムで私にはない二人の大きな胸が上下に運動している。
「胸は私の方が大きいんだから、こっちを見ていればいいのよ。体育の授業中に恋人の胸を凝視するなんて不健全だもの」
「スミレは私の恋人なんだから私だけを見てたらいいんだよ」
私ならとっくに息切れしてるだろうけども、二人は至って普通に疲れ知らずな声を出す。
私はスミレの胸を主に見ながら、ヒマワリも見ないとかわいそうな気がしてしまい、二人の胸を交互に見ていた。
「あっ!」
ヒマワリの足が跳び縄の回転を止めた。
「「何回だった?」」
わずかに息遣いの荒くなった二人が同時に私に聞く。
「別のことに夢中で数えてないよ!」
「そんなによかった?」
サクラがうれしそうな顔を私に向ける。
私が集中できないので二重跳びの記録を用紙に書く作業はサクラとヒマワリに任せることにした。
二人が二重跳びをしている様子を眺めていると、自分の体が熱くなるのを感じた。
けれども、そんなことは授業内容に集中しているサクラとヒマワリには知る術のないことのようだった。
体育の授業後には体育館の女子トイレで私の手をサクラにきれいにしてもらった。彼女の細い指が並んだやわらかな両手で私の左右の手の汚れが落ちていく。私はサクラが手をきれいにすることにとても熱中していることにかなりほっとした。なぜなら、さきほどまでのサクラの胸の激しい揺れを思い出して、耳まで熱くなっている恥ずかしい私の姿に彼女に気づいていないのだから。




