第2話 看病の練習をさせてほしい
花見サクラにとって、百合作品とは最終話の手前までを楽しむものだ。
そのために、結末の感想を私に求めてくる。
どうやら彼女は私に感想を聞いて、そこから最終話を想像するのが好きらしい。
ライトノベルにしたって、アニメにしたって、サクラは百合作品しか摂取しない。女性でありながら女性にしか恋愛感情を抱かない作品しか嗜まない同性愛者のサクラはある意味すごく健全といえるだろう。
ここ最近のサクラは、≪百合ハプニング≫という全12話の1クールの百合アニメにハマっている。
この作品では女子高に棲む幾何学模様の霊が女子生徒たちにさまざまないたずらをする。
なかでも、サクラは≪百合ハプニング≫の11話を気に入っている。
その回では、幾何学模様の霊が増殖して、金髪女子高生の笑良が通っている女子高の教室や廊下の床を這ってローファーの下に移ると、下から上へと突き上げる突風が起こった。笑良の恋人の最空も突風を受けてスカートがめくれていた。
≪百合ハプニング≫の11話を見たサクラは突風が期待できないことをわかっているからなのか、校舎の階段を上がるときに前方に女子がいたら、なぜか不自然すぎる唐突な屈伸をする。
そんなときは素早く私がサクラの前に立つ。
それを繰り返していると、とうとう彼女は屈伸をして下着を覗くことをあきらめた。
私の勝ちである。
六月に梅雨入りした頃から昼休みは廊下のベンチでヒマワリを含んだ三人で過ごすことが増えていた。ヒマワリと私は互いに名前で呼び合う程には親しくなっていた。私とサクラは五月の初旬から付き合っているが、五月の中旬が始まるまでにはヒマワリに私たちが恋人同士と知られている。
「≪百合ハプニング≫の最終回どうなった?」
さっそく昨日の深夜放送の感想をサクラに聞かれた。
「幾何学模様の霊のせいで体調を崩してしまったときに備えて最空が笑良の家に行って看病の練習してたよ。笑良に食べやすいうどんを作ってあげてた」
「あぁ~そういう最終回なんだね。なんだか再現してみたくなってきたな。週末、スミレの家行ってもいい?」
「それなら私も同行するから。サクラにまともなうどん料理が作れるとは到底思えないもの。まぁ、スミレが断るなら、それでいいと思う」
ヒマワリと一緒に料理を作るなら、ちゃんとしたバランスの良い味付けになりそうだ。
「私は……」
「行っていいよね?」
サクラの期待にあふれた黒く大きなキラキラした瞳を見ていると、とても断りづらく感じる。
≪百合ハプニング≫のラストシーンで看病の練習を終えてから笑良と最空が互いをハグしたままベッドで眠りにつくのだけれども、そのシーンについては特に語らなくてもいいだろう。
この流れで、それを言うとヒマワリが不健全な想像をしてしまう恐れがある。
それは、きっとすごく面倒なことになりそうな予感がするのだ。
「昼ご飯は親が作ったの食べるから昼過ぎに来てね」
週末の日曜日。
私は朝早くから風呂に入っていた。
≪百合ハプニング≫の最終話では、洗面器に入った温かい水で濡れたタオルを用いて、最空が笑良の背中を拭く練習をするのだが、私はサクラにそのことを伝えていない。何を言われるかわからないので、念のために湯船に浸かって体を綺麗にしておいた。
午後になった頃。サクラとヒマワリが家にやってきた。外へ出ると、二人がエコバッグに入った食材をそれぞれ利き手ではない左手に提げて立っていた。家に上がったサクラとヒマワリが両親に挨拶してから私の自室に入れた。
ちなみに、私の両親は看病の練習のことは知らない。
サクラはミニスカートにブラウスを合わせた格好をしており、ヒマワリは黒いタイツの上にホットパンツを履いていて、ノースリーブという腋が涼しそうな格好をしている。
私はというと、病人という設定なのでパジャマ姿である。
「ヒマワリから聞いたよ。百合ハプニングの最終話には看病の練習のために背中拭くシーンがあるって」
「ごめんね。サクラに執拗に聞かれるから観念して最終話の内容を詳らかに言ってしまったの」
「大丈夫。今日は朝風呂に入ってきたから」
「マジか。やられたわ~」とサクラ。
そりゃ、恋人に看病の練習で背中拭かれるのは一種のプレイじみていて恥ずかしいからね!
「そうだ。私と連絡先交換しない?」
ヒマワリが言った。
「サクラ対策が失敗したときに、お互いの連絡先知って方が安心できると思うの」
「それってひどくない?」
サクラが不服そうに頬を膨らませて言う。
「サクラはスキンシップ願望が強いすぎるのよ。スミレの背中拭いてるかと思ったら、いきなり背中を舐め始めそうだし」
「私の性的嗜好のイメージ偏りすぎじゃないか!」
「なんだか危うさがあるのよ。スミレも同じ意見じゃない?」
「うーん。なんともいえないかな」
あえて言葉を濁した。
三人のなかで、お互いの連絡先を知らないのは私とヒマワリだけ。それなりに親しいヒマワリとなら連絡先の交換をしてもいいと思えた。
私がヒマワリと連絡先を交換してから彼女は言った。
「看病系背中拭きゲーム持ってきたから遊ばない?」
なんだ、そのジャンルは!?
「いいね。それやろう」
サクラは乗り気だ。
ヒマワリが手際よく小さな本体とテレビをケーブルで結ぶ。ゲーム機を起動してからダウンロードしたソフトで遊ぼうとするも画面がベージュのまま動かない。
「ん? ゲーム機の調子悪い?」
私が聞くと、ヒマワリが答えた。
「違うよ。もうゲーム始まってるよ。ほら、画面の真ん中だけベージュが薄いでしょ? それがタオルで、ほかのベージュは女性の背中だよ。丁寧に拭くと喘ぎ声が聞けるよ」
「まごうことなきクソゲーじゃん!」
サクラが言うと、私も心のなかで同意した。
けれど、サクラはリアルな喘ぎ声に感心したらしく、そのあと五時間くらい背中拭きゲームに没頭した。
ポジティブシンキングの達人にもほどがある。
夕食はサクラとヒマワリの共作のたぬきうどんを食べた。
リビングで両親を含めた五人での夕食だ。
食後に自室でくつろいでいると眠気に襲われた。
「なんか急に眠くなってきたな」
「不健全なものは何も入れてないよ!」
あたふたしながらヒマワリが言うと、サクラも言い出した。
「私はヒマワリのサポートって感じだったし、スミレが食べたのは健全なたぬきうどんだよ」
「わかってるよ。ただほんとに眠たいの」
私がベッドに行き、横になっているとサクラにバックハグされた。
「不健全な展開にはさせないわ」
今度はヒマワリが私の体をフロントハグする。
なんだか恥ずかしいことになってしまっているが、私は目を開けているのが困難になってきていた。
急な状況に何か言うべきなんだろうけど、眠気が勝って何も言えない。
女子が三人で横になっても寝られるほどのベッドのサイズが不思議な状況を生み出している。
そして、そのまま私は二人に前後でハグされながら眠りについたのだった。