第1話 あーんしてほしい
寵愛女子高校に通う高校一年生の私、楽満スミレは同級生で同じクラスの花見サクラと付き合っている。
サクラが私におねだりをするようになったのは、付き合いはじめた初日、つまり今日からである。
さきほど、渡り廊下に置いてある背もたれ付きのベンチで昼食を食べる前に告白されたのだ。
「私らって気が合うし、スミレと付き合ってみたいな」
私が図書室で借りた百合恋愛もののライトノベルを返却したときに、図書委員として対応してくれたのがサクラだった。それを機に、クラスメイトとして少しずつ会話をするようになり、お互い百合アニメ好きで深夜にリアタイしていることもわかり、なんとなく親睦が深まっていった気がしていた。
そうしているうちに、どうして百合アニメが好きなのか?という話題になり、サクラの方から同性愛者であることを打ち明けた。私もその場の流れに身を任せて女に恋愛感情が働くことを吐露した。
「彼女になりたいってこと?」
私が言うと、サクラはこういった。
「スミレとならもっと深い付き合いができると思ったの」
「私たち両思いだったんだね」
「よかったぁ~。振られるんじゃないかとは思ってなかったけど付き合えるとも思ってなかったから」
「私の答えは考えないようにしてたんだ」
「わからないこと気にしてもどうしようもないからね」
黒い弁当箱を開けて、私がご飯を食べようとすると、サクラが慌てて具材の上を手で覆い、箸が昼食に寄るのを止めに入った。
「ダメだよ」
「えっ?」
「私、今日のためにスミレに昼ご飯を作ってきたんだ」
「でも、ご飯もって来ちゃったし」
「だから、スミレの弁当の中身は私が食べるよ」
「弁当交換したいわけね」
「それじゃだけじゃないよ」
「というと?」
私が聞くと、サクラは満面の笑みでこういった。
「私が食べさせてあげる。いわゆる、あーんってやつ」
いや、いや、いや!
私たちのどちからの家で自室で二人きりの状況ならわかるよ?
でも、ここ女子高の渡り廊下だから!
イチャイチャしてるとこ見られるのは覚悟ってもんがいるんですよ!
けれども、押しに弱い私にはそんなことを言えるはずもなく……
スミレが私のために作った桜色の弁当箱には、だし巻き卵だけがびっしり並んでいる。
このレパートリーのなさは味覚への配慮なさすぎでは!?
「どれが食べたい?」
「んーと」
悩みながらも私は答えを出す。
「じゃあ、右端のだし巻き卵で」
それを聞いたサクラはキラキラした瞳を私に向けていった。
「作りすぎて一品しかできなかったんだ。想い込めて作ったからおいしいよ。あっ、ちゃんと味見はしたから安心してね」
続けてサクラが言う。
「口開けてみて?」
断り切れずに言われるがまま口を開ける私。
サクラが手に持った白い箸は上手に彼女の弁当箱の右端のだし巻き卵だけをつまみ上げる。
そうして、黄色い料理が私の口のなかへ入り込む。
渡り廊下に人が来ないか気にしつつも、だし巻き卵の旨みがしっかりと口のなかに広がるのを感じた。
「おいしい」
思わず、そう口にするとサクラは微笑んだ。
その笑顔は彼女の整った顔を際立たせる。
鼻筋の通っていて、くっきりした二重まぶたで、ゆるやかな弧を描く眉毛の上に位置する綺麗に染色されたブロンドヘアは胸元まで垂れている。
そんなサクラの顔に吸い込まれそうなほど見とれていると、彼女は私に選択肢を与えずに弁当箱の右端の隣のだし巻き卵を箸でつまみ上げた。そして、そのまま反射的に口を開けてしまっている私の舌にだし巻き卵がやってきたところで、こちらを見ているスクールバッグを肩からかけた一人の女子に気づく。
瞬間、私の両頬が熱くなった。
その女子は普通教室棟のある方角に背を向けて管理棟の方へ歩いているようだったが、なぜかこちらにやってきた。
「告白うまくいったんだね」
「どなた?」
なにやら事情を知ってるらしい女子の発言を聞き、私はサクラに問いかけた。
「今回の告白の相談相手の我妻ヒマワリ。私たちの同級生で図書委員。ヒマワリは私たちの隣のクラスだからスミレは接点ないよね。ヒマワリは図書室に用事?」
「今日は図書委員としての仕事はないけど、これから図書室に恋愛小説の返却に行くとこだったんだよ」
「はじめまして」
「サクラがこれからいっぱいおねだりすると思うけども、無理に受け入れなくてもいいからね」
ヒマワリはウインクして私にそういったけれど、今のところスミレのおねだりを断れる自信は皆無だ。
「なんでよ。スミレは私のこと好きなんだから気にしないよ。ね?」
ね? じゃないよ! まったく……
「さぁ、邪魔が入ったけど、どんどん食べてね」
「なにそのお弁当!? だし巻き卵だらけじゃん!」
「これは、作りすぎたっていうか……」
「こんなにだし巻き卵食べたら体に悪いでしょ。恋人なら相手の健康も意識しなきゃ不健全だよ」
黄色まみれの昼ご飯を食べさせようとするサクラにヒマワリが厳しく言う。
その甲斐あって、ようやくサクラの欲望を抱えた右手は静かになる。
それでも、サクラが執拗に「あーんしてほしい」と私に言うので、自分の弁当の中身を少しだけ彼女に分けて望みを叶えた。ちなみに自分の弁当の残りは全部、私が食べた。
肝心のサクラの手作り弁当は、恋人同士の健康意識に厳しいヒマワリに全部平らげてしまった。
その代わりに、ヒマワリがスクールバッグのなかからお手製の健康的な弁当をサクラに渡して食べさせた。
こうして、ヒマワリの判断でサクラの健康は保たれたのだ。
私としても、ヒマワリ以外の女子に、あーんの瞬間を見られなくて事なきを得たのだった。