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7話


 目を覚ますと、そこは異世界だった。


「……」


 体が重たい。思考が重たい。それでも、日の光に誘われるように目を覚ます。


「……! 目を覚ましたぞ!」

「!!」


 誰かの声がする。

 自身を覗き込む顔に、見覚えはあった。魔王討伐のメンバーである戦士と、治癒魔術師……。


「——!」


 そこまで思考が働き、サクラは上半身を起こした。


「いたっ……」

「まだ起きちゃだめ! 今体ひどいんだから!」


 椅子の上に立ってこちらを見るのは、治癒魔術師だ。

 彼女の言う通り、サクラの体は至るところが悲鳴をあげていた。唯一違うところといえば、抑圧していた膨大な魔力がなくなっている点、だろうか。


「成功、した……?」


 紛れもなく、サクラは生きている。

 それはつまり、そういうことだ。なら——


「ヒースは? ヒースはどうしたの? そもそもどうして二人がここにっ」

「落ち着いて。あたしは、あたしたちは、勇者が王都を発った後、こっそり後を付けてたの」

「え?」

「……場合によっては、勇者殿が国を滅ぼす危険性があった」

「もう! 意地悪な言い方だめ! きみだってサクラの、二人のことが心配だったくせに!」


 戦士は視線を逸らした。どうやらそっちが本音らしい。

 こほんと治癒魔術師は咳払いを一つ挟み、説明を引き継ぐ。


「あたしたちは途中でヒースと合流したの。で、自分がサクラを救うからあたしたちはここで待機して、何か起きた後の処理を頼みたいって言ってきて」

「……その通り、砂漠に異変が起きた後に回収した。ここは王都だ」

「王都……」


 西の砂漠から王都に辿り着くまでの間、ずっと寝ていたということか。


「今のきみ、内臓はぐちゃぐちゃで体中傷だらけだけど、体内を巡る魔力は安定してるの。むしろ、空っぽ。暴走するほど溜まるまで、すっごく長い時間かかるから、寿命が尽きる方が早いかも」

「……恐ろしい奴だ、ヒースは」

「こんな技術、世界的発明よ。人の魔力を弄るって」

「ね、ねえ。ヒースは? ヒースはどうしたの? 無事なの?」


 戦士と治癒魔術師は、困ったように顔を見合わせた。

 不安が足元から這い上がり、心臓を食い荒らしていく。ねえ、と重ねた言葉に、治癒魔術師が沈痛な面持ちで口を開く。


「ヒースは——」


◇◇◇


 こんこんとノックをする。

 はい、と声が返ってくる。サクラは一呼吸置いて、扉を開けた。

 白を埋め尽くす部屋は、怖いくらいに静かだった。カーテンが開いた窓からは麗らかな陽気が差し込む。


「ヒー、ス」


 病室のベッドに、ヒースはいた。

 傷だらけで、至る所に包帯が巻かれている。目も怪我したのか、海のような目は白い包帯でぐるっと覆われている。


「ヒース」


 涙で視界が歪む。

 慌てて袖で視界を拭う。一呼吸を置いて、真っ直ぐに彼を見つめる。


「ヒース」


 何か言わなければいけないのに、何も思いつかない。

 ただ名前を呼ぶ女に、ヒースは怪訝に思ったのだろう。訝し気に首を傾げて。


「あの、すみません。僕のお知り合いの方……ですか?」

「——」

「あー、ご存知かもしれないんですが、名乗られても僕は分からないんです。僕あれなんです。いわゆる」


 記憶喪失。


『ヒースは、生きてる。でも』


 沈痛な面持ちの治癒魔術師の言葉が、サクラの頭の中で自動再生する。


『自身の魔力を限界まで使った代償に、頭に影響を及ぼしてるの。今の彼に、記憶はない』

『……慰めではないが、あいつはその代償を理解していたはずだ。その上で、お前を助けるために杖を持った』


 戦士が頭を撫でる感触を思い出す。

 サクラは、息を吸った。震えそうになりながら息を吐き、出来る限り笑みを浮かべ、明るい声を出す。


「——、——うん、知ってる」

「その感じ、もしかして僕の近い関係の方ですか?」

「まあ……一言では表せない感じかな」

「そんな複雑な……!? あの、失礼なんですが、お名前を伺っても良いですか?」


 サクラは唇を噛みしめ、ゆっくりと伝える。


「私は、サクラ。突然記憶もなくて大変だと思うけど……これからよろしくね、ヒース」

「サクラ、さん」


 呼ばれたことのない呼び方に、サクラの胸が痛む。


「サクラさん、サクラさん……。はい、覚えました。あ、そうだ。その、突然で申し訳ないんですけど」

「なに?」

「今日で目の包帯取って良いそうなんですが、自分で取ろうとしたら、あの……」


 言いにくそうな彼の指さした箇所を見ると、一体全体どうしてか、非常に複雑な結び目が出来上がっていた。


(こういうところは変わってないんだなぁ)


 サクラは苦笑いを零し、近くにあった刃物を使って包帯を切る。


「……」


 包帯を取ると、ヒースの綺麗な睫毛が震える。

 ゆっくりと。ゆっくり、海のような色をした瞳が世界を映す。


「——」


 その目がサクラを捉えた。かと思うと、彼はなぜか固まってしまった。

 もしかしてどこか悪いのだろうか。不安になったサクラが声を掛けようとすると、


「——かわいい」

「え?」


 それは、いつかどこかで交わしたやり取りで。


「あ! こ、こほん。失礼しました」

「……」

「ええと、改めまして僕はヒースです。色々忘れてしまって申し訳ないのですが、これからよろしくお願いします。サクラさん」

「……」

「あの、ところで一言で表せない関係の詳細を教えてもらっても良いですか? もしかしてその、僕の婚約者……いやそれはおこがましいか。じゃあ友人以上恋人未満とか……」


 そこまでヒースは言って、驚いたように言葉を止めた。


「うえっ!? サクラさん、どうしました!? すみません、僕気持ち悪かったですか!?」


 言われて、サクラは自身が泣いていることに気が付いた。

 ぽろぽろ零れる涙は止まらない。涙で滲む視界の中、焦ったヒースの表情が見えた。


「大丈夫。大丈夫だから、ヒース」

「……?」

「返事、していい?」


 ヒースが目を瞬く。きっとなんのことか分からないだろう。でも、それでいい。

 死にゆく勇者と友人魔術師の旅は終わったのだから。


 だからサクラは、ただ単純な想いを口にする。


「ヒース。私は——あなたが好きです」


 新しい旅を始めるために。



最後までお読みいただき、ありがとうございました。

よければリアクション、感想、評価、ブクマ等よろしくお願いします。してくださった方がいらっしゃったら、心からの感謝を。


とても楽しく書いた物語ですので、いつかまた記憶喪失ヒースと元勇者サクラの旅を書いていたら笑って読んでやってください。

以下、余談。


サクラ

至って普通の女子大生。家庭環境があまりよろしくなかった影響か、人間関係が上手くいかなかった。異世界召喚を果たし、この世界が好きになる。

当初から優しいヒースの気持ちに気付いており、無意識に好意を抱いていたが、酔っぱらったヒースがへたった結果友人宣言されたため、友人なのかーという感覚で収まっていた。


ヒース

実は史上最年少の宮廷魔術師(ヒース自身の年齢は二十代前半。サクラより年上)。魔王討伐する羽目になったのも、他の宮廷魔術師が「いや儂魔王とか無理。ヒースならいけるんじゃね?」となったためで実は優秀。

酔っぱらうと記憶をなくすタイプのため、自身の発言とは思わずにサクラから「友人だもんね」と言われ、泣く泣く友人を自称することとなる。

他人の魔力を操作という前代未聞を成し遂げるが、本人は魔力の使い過ぎで記憶消失したため自覚なし。


治癒魔術師

国一番どころか大陸一番の治癒魔術師。見た目はロリだが実年齢は上。サクラの魔力を操作し魔力の暴走を止める案は、思いついたがあまりにも成功率が見込めなかったため諦めた。サクラを孫のように思ってる。


戦士

家族を魔獣に殺されたため、復讐のため魔王討伐へ。傷だらけの歴戦の戦士で、その実力はピカイチ。ヒースの恋路を微笑ましく見守っており、サクラに亡くなった娘の面影を見ている。

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