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1話


「勇者殿。この者が魔王討伐における最後の一員。魔術師ヒース殿です」


 いかにも異世界ファンタジーの魔術師といった青年は、惚けたようにこちらを見ていた。


「——かわいい」

「え?」

「あ! こ、こほん。失礼しました。僕はヒース、宮廷魔術師をしています」


 海のような青い目を煌めかせ、彼は笑った。


「突然異世界に召喚され魔王討伐なんて大変だと思いますが……これからどうぞよろしくお願いしますね。勇者サクラ様」


◇◇◇


 異世界に召喚され一年。

 魔王討伐を果たし三か月。

 勇者サクラは現在、


「あ、ごめん。なんか罠作動させちゃったみたい。大丈夫? ヒース」

「あなたほんっといい加減にしてくださいよ!?」


 唯一の旅の同行者、魔術師ヒースを迷宮ダンジョンの罠によって天井から吊り下げたところだった。


「ごめん。なんかボタンがあったから、つい」

「ついじゃないんですよ。ついで押しちゃ駄目なんですよ。ていうか、見てないで下ろしてもらえません? 頭に血が昇っている感覚がするんですが」

「このロープ切ればいい?」

「そしたら僕が頭から落下するのですが!」


 五分後、サクラは悪戦苦闘しつつなんとかヒースを地面に下ろした。

 ヒースは魔術用の杖を支えに、ぜえぜえと荒い息を繰り返す。想像以上にヒースの体力は削れていたようだった。


「ごめんごめん。魔獣を無事に討伐出来たから、すっかり気が緩んでいたみたい」

「緩み過ぎです! そもそも! 無償で魔獣討伐を引き受けるなんて、僕は反対だったんですよ!」

「えーでも困ってたし」

「貴方ねえ! 魔王討伐の旅路ならともかく、今の僕たちはただのしがない旅人なんですよ!」


 ヒースは胸を張って主張する。


「旅の資金は底が見えつつあることを考えると、いくらかの報酬は主張するべきです! 途中で野垂れ死にたいんですか!」

「うん」

「うんじゃない!」

「いやー、だって」


 サクラは軽くため息を吐いた。

 異世界に召喚され一年。

 魔王討伐を果たし三か月。

 勇者サクラは現在、


「私、死ぬために旅してるし」


 死にゆく旅路を、友人である魔術師ヒースと行っている。


 ——サクラは、元々は現代日本で平和に暮らしていた日本人であった。

 平穏平凡。そんな言葉が似合うサクラが異世界召喚されたのは、十九の年の頃。

 道を歩いていたら突如地面が光りだし、気が付けば王国の城に召喚されていた。

 聞けばこの国は魔王に苦しめられているという。そのために、異世界から強大な力を持つ者を召喚したとか。

 実際、サクラは異世界召喚特典と呼ぶべきか、人間離れした戦闘能力を持っていた。

 あれよあれよという間に、サクラは勇者として戦士や治癒魔術師、そして魔術師のヒースと共に魔王討伐の旅に出たのだ。


「そして今、何故か死ぬための旅をしている……」


 野営の火を突きながら、ヒースが呟く。


「いや、意味が分からないんですけど。やっぱり意味が分からないんですけど」

「言葉通りの意味だけど」


 淡々と答えると、魔王討伐の旅を通じて友人となったヒースが、じろりと睨んでくる。

 宮廷魔術師であるヒース……正確に述べると“元”宮廷魔術師のヒースは、魔王討伐の旅メンバーの中で最も親しみやすく、かつ年も近い青年であった。

 彼がサクラの旅に加わった経緯は単純。ある夜、勇者として地位も名誉も確立したサクラが旅に出ようとしたところを、ばったりと出くわしたのである。

 当初は止めようとしてきたヒースだが、サクラの意思が固いこと。そして物理的に止められないこと(単純にサクラの力が強すぎた)を悟ると、無理やり旅に同行してきたのだ。

 以来、唯一の旅の同行者としてヒースはサクラと一緒にいた。


「いい加減、理由を話してくれませんか? もう旅を始めて二週間ですよ」

「だから、死ななきゃいけないんだって」

「それが意味分からないって言ってるんですよ。なんですか、誰かにひどいこと言われたんですか? 友人として、あくまで友人として、僕が殴ってやりますよそいつ」

「王様でも?」

「——安易に暴力で解決は良くありません。まずは話し合いからしましょう」


 ころん、とヒースは意見を変えつつ、焼けた魚をサクラに渡してきた。


「別に、ついてこなくていいんだよ。元々一人で旅をするつもりだったし」


 サクラは川魚を食んだ。

 アジに似た味だ。この異世界に来て、すっかり食べなれた味である。


「ついていきますよ」


 ヒースは、もう一つの魚の焼け具合を確かめつつ言った。


「そんなこと言われて、分かりましたじゃあ帰りますなんて言える訳ないでしょう」

「でもこのままだとヒース、無職だよ」

「無断欠勤二週間の時点でもう無職ですよ!」


 そういうものなのか、と現代日本では大学生なりたてであったサクラは思った。


「勿体ない。宮廷魔術師の試験、三回くらい落ちてようやく受かったんじゃなかったっけ?」

「その言い方だと、まるで僕に魔術師の実力がないみたいですから止めてください」

「違うの?」

「違いますって! 一回目は殺人未遂事件に巻き込まれ、二回目は溺れた子供を助け、三回目は名前の書き忘れで落ちたって言ったじゃないですか!」

「魚、もういけるんじゃない?」

「聞きましょう聞いてください聞け!」


 ヒースは焼き上がった魚を食べ「あっづ!」と盛大に口の中を火傷させていた。

 サクラは小さな笑い声を零しながら、頭上を見上げる。

 満点の星空は、現代日本とは微妙に違う星空だ。それでも、綺麗だと感じるのはどちらの世界も共通である。

 欲をいえば、海が見たかったが……ここから先に水はない。諦めよう。


 翌日。サクラとヒースが辿り着いたのは、小さいながらも賑やかな街だった。

 ヨーロッパの街みたい、と感想を抱きつつサクラは街を進み、そのまま街道へ出ようとする。


「待ってください勇者様」


 寸前で、手を掴まれ赤信号。


「なに? ヒース」

「なにじゃないですよ。食料調達しておきましょう。まだありますが、ここから先に街はないですから」

「えー」

「えーじゃないです。全く、なんでそんな急いて西を目指すんだか」


 ヒースは腰に手を当て、ため息混じりに言った。

 サクラはちらりとヒースが持つ荷物へ視線をやる。ヒースの言う通り、食料は少々心許ない。旅にトラブルは付きもの、と魔王討伐の際に学んだことを思い出し、仕方がないと肩をすくめる。

 西の果てへ行く前に、ゲームオーバーになってしまったら困るのだから。


「それにずっと歩きっぱなしでしょう? そろそろ宿に泊まって体を休めないと……」

「でもお金ないし」

「ぐっ……それは、僕が、なんとかします。その、小銭程度なら稼げるかと……」

「まさか……体を売——「魔術で芸をするだけです!」あ、そう」


 悲鳴が轟いたのは、その時だった。


「!」

「あ、ちょっと!」


 駆けだすサクラに、ヒースが慌ててついてくる。

 逃げる人並みに逆らうように走ると、街の入り口に辿り着く。そこにいたのは、


「魔獣……!?」


 追いついたヒースが驚いた声をあげる。

 サクラとヒースの視線の先には、人間の身長を遥かに上回る巨体の魔獣がいた。街の門番らしき男たちが槍を構えるが、そのあまりの大きさに怯み、距離を取ることしか出来ていない。

 辺りは既に瓦礫が積み上がっており、魔獣の暴れっぷりを推測出来た。


「! 君たち、危ないから下がりなさい!」

「いやいや、そうも言ってられませんって、勇者様?」


 ヒースが杖を取り出す。のを、サクラは手で制した。


「任せて」


 腰に下げた剣を抜く。鞘をヒースに預け、サクラは魔獣と対峙する。

 ——魔力を、刀身へ送る。

 流して、流して、流し込む。濃厚な魔力の気配に、魔獣が警戒するように下がった。


「なんだこの魔力は……!」


 ぶわりと風が舞う。魔力を帯びた風に人間が近付くことは出来ず、門番たちが身を庇いながら離れていくのを遠目に確認する。


「多少、暴れても大丈夫だよね」


 ヒースへ視線を送ると、それだけでサクラの意図を理解してくれたようだ。ああもう、なんて声が聞こえて、サクラから守るように街や人に防御魔術が展開される。

 それを確認し、サクラは、


「——」


 一歩、踏み出す。

 それだけで足元の石畳みが弾けた。魔獣の口元に魔力が集まり、鋭い刃の奥から炎が見える。

 火炎放射が放たれるよりも先に、


「ごめんね!」


 一撃。

 剣を振るう。


 ——!


 剣戟が爆発し、ただ剣の一振りとは思えない威力が炸裂した。

魔獣の断末魔が轟く。耳をつんざくような悲鳴を残し、魔獣は為す術もなく消滅していく。

残ったのは、不自然なほど半壊した街の一か所だけだった。


「ふぅ」


サクラは息を吐き、流していた魔力を抑え込む。空を切っただけの剣に問題ないかを確認した後、くるんと後ろを振り返った。

 茫然としている人々が見えた。

 静寂。

 一拍後、


「なんだ今の力!」「でっかい魔獣倒したぞ!?」「待て、勇者様って呼ばれてなかったか!?」「勇者様!? 本物!?」「あの力は本物だろう!」「勇者様、ありがとう!」


 歓声が上がった。

 門番だけではなく、街の人もいる。サクラはぱちりと目を瞬いて、ありがとうございますと日本人式のお辞儀をした。

 ところで、目の前が霞んだ。


「サクラ!」


 焦ったヒースの声と、温かな腕に抱き止められたのを最後に、サクラの意識は闇に落ちたのだった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます!

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