最終話:少しずつ、確かな光へ
日曜日の午後、千紗は一人で教会を訪れていた。
初めてこの場所に来たあの日は、
足がすくんで、扉を開けるのに時間がかかった。
でも今は、自分の意思でここに来ている。
誰に強いられたわけでもなく、
ただ、“会いたくなった”のだ。神さまに――そして、有馬に。
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礼拝が終わり、
いつものように穏やかな顔で人々に声をかけている有馬を見つけた。
その姿を見て、千紗の胸の奥がじんわりとあたたかくなった。
変わらない優しさが、そこにあった。
ふと、視線が重なった。
有馬が目を細め、微笑む。
千紗は、少し照れながら、小さく会釈をした。
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「来てくれて、うれしいよ」
教会の中庭で、有馬がそう言った。
「……なんとなく、ここにいたくて」
「うん。それで十分だよ」
少しの沈黙のあと、千紗はそっと言葉を継いだ。
「まだ、“信じてる”ってはっきり言える自信はないけど……
でもね、あなたが祈ってくれること、信じてる。
そして……私も、信じてみたいって思えるようになったの」
それは、長い時間をかけて彼女が掴んだ“答え”だった。
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「……嬉しい」
有馬は、言葉を噛みしめるようにゆっくり言った。
「千紗さん、神さまはね、
“信じていない人”を拒絶したりしない。
むしろ、信じようとする心を、
誰よりも優しく受け止めてくださる。
僕は、そう信じてるよ」
その言葉に、千紗の目がほんの少し潤む。
「私……あなたを通して、神さまに触れた気がする」
「僕も、千紗さんに出会って、信仰の意味をまた教えられたよ」
有馬は、そっと手を差し出した。
迷いのない、静かな手だった。
千紗は、その手を取った。
やさしく、確かに。
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空を見上げると、雲の切れ間から光が差していた。
それはどこまでも静かで、どこまでもやさしい光。
「ねえ、有馬さん。これからも……一緒に祈ってくれる?」
「もちろん。君が笑っていてくれることが、
僕にとっての、いちばんの祈りだから」
ふたりは手をつないだまま、
日だまりの中に立っていた。
迷いながら、それでも歩いてきた日々が、
いま、やっと報われた気がした。
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そして、千紗は思う。
“信じる”って、
誰かの言葉に救われて、
誰かの手に支えられて、
少しずつ、でも確かに、
自分の中に根づいていくものなんだ――と。
これから先も、きっと揺れる日がある。
でも、
もう一人じゃない。
あの光のように、
そっと寄り添い、照らしてくれる誰かと一緒に、
生きていける。
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―完―