表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/8

第5話「信じることの始まり」


月曜日の朝。

千紗は、出勤途中の電車の中で、ジャケットの内ポケットを指先でなぞった。


そこには、有馬からもらったカードが入っている。

「あなたのために祈っています」

短いその言葉は、日が経つにつれて、じわじわと胸に沁みていた。


“誰かが自分のために祈ってくれている”

それだけで、なんとなく心の奥があたたかくなっていた。



「おはようございます」

会社のドアをくぐると、有馬がいつもの穏やかな笑みを浮かべて待っていた。


「……今日、ちょっとだけ不安だったけど、顔見たら落ち着いた」

そうつぶやくと、有馬は照れくさそうに笑った。


「僕も、同じ。……千紗さんが、ここにいてくれるだけで少し安心するんだ」


その一言に、千紗の頬がふわりと紅く染まる。


今までは、自分が“必要とされること”ばかりを求めていたけど――

“誰かの心に、ただいるだけでいい”

そう思えるようになったのは、有馬の隣にいた時間があったからだ。



昼休み。

ふたりはビルの裏手のベンチに座り、コーヒーを飲んでいた。


「ねえ、有馬さん」

「うん?」

「信じるって、やっぱり怖いことだよね」

「……怖いと思うよ」

「裏切られるかもしれないし、何も得られないかもしれないし」


千紗は、カップを見つめながら言った。


「それでも、信じてるの?」

「信じるというより、“信じ続ける”感じかな」

有馬は、ゆっくりと空を仰いだ。


「裏切られても、道に迷っても、それでも信じる選択をする。

信仰って、そういうものかもしれない。

……人を愛するのと、少し似てる」


千紗は、その言葉に少し驚いたように目を上げた。


「愛するのと、似てる?」

「うん。完璧だから愛するんじゃなくて、

欠けたままでも、大丈夫だと信じて、寄り添っていく……そういうもの」


風がそっと吹き抜ける。

春のにおいが、どこか懐かしい。



その夜。

帰宅した千紗は、久しぶりに机の前に座り、ペンを取った。


そして、何かに話しかけるように、小さく書き始めた。


『神さま、あなたのことをまだちゃんと知りません。

でも、私のことを知ってくれているなら……

どうか、この不安な心に、静かな光をください』


それは祈りだった。

たどたどしくても、ぎこちなくても、

誰かを信じようとする、最初の一歩だった。


信じることの始まりは、きっと、

「知りたい」と思うことから始まるのだろう。



その日、有馬からメッセージが届いた。


「祈ってくれてありがとう。

祈りはいつも、ちゃんと届くよ。

たとえ自分が信じきれなくても、神さまはずっと変わらずそこにいるから」


千紗は、スマホの画面を見ながら、そっと微笑んだ。


“私は、きっと大丈夫”

少しだけ、そう思えた夜だった。



次回:第6話「その手にふれたとき」



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ