ヒト斬りに御用心 陸
「俺が『ヒト斬り』なのは間違いじゃないんだ」
目的地までの道中、再び私の他愛もない話に付き合ってくれていた轟さんからの突然の言葉に、私は驚きを隠せなかった。
「え? ど、どういうことですか? 『人斬り』になったのは牛の怪人のせいだって……」
私たちが”何か”に襲われた後、轟さんは轟さん自身に関する話をしてくれた。
その中で、牛の怪人の怪能によって”人斬り”と恐れられるようになった、と言ったはずだったのだ。
「これは言葉の綾ってものだな。意朴が想像している、俺がさっき話した『ヒト斬り』は人を斬るような恐ろしい存在という意味だ。でも俺が今言った『ヒト斬り』は一度しか斬ることができないって意味だ」
これは驚いた。
まさか「人斬り」ではなく、「一斬り」だったとは。
「一度しか斬れないっていうのはまたどういう理由で?」
あまりにも強力すぎるからとか、そういう制限を自分にかけているとか、「すこし妄想が広がるような理由が来てくれたら良いのに」と思いながらも、ツッコみようもない真面目な答えが返ってくると思っていた。
「短時間の間に二回刀を振ると、刀身が崩れるんだ」
またも驚いた。
ツッコミどころのある答えが返ってきたのだ。
しかし、轟さんは真面目な顔で話しているのでこちらも真面目に深堀りしてみる。
「刀身が崩れる? それはどうしてでしょうか?」
「俺の振りに刀が耐えられないんだ」
さらにツッコみたくなる情報が追加された。
これは本当に轟さんが相当強い侍である可能性が高まってきた。
「そんなに轟さんの振りが強いんですか!? それなら襲われても今度は相手を返り討ちにできますね! ハハハ」
本当かどうかの最終確認としてこの場の雰囲気が少し和むような事を言ってみたが、轟さんは至って真面目な顔をしていた。
「返り討ちにするためにこの話を始めたんだ。意朴。お前の力も貸してもらうぞ」
そうして、轟さんはとある”作戦”についての説明を始めた。
俺の隣にいる鹿の姿の怪人の意朴は、「視界に映っている対象の次の直線運動を予知する」という怪能を持っている。
それを知った俺は先ほど俺たちを襲ってきた”何か”……まぁ怪賊であろう存在を返り討ちにする作戦を考えた。
「……つまり、私の怪能で相手が一番密集した瞬間に、そこに斬撃を叩きこむ。ということですか?」
説明に時間がかかったが、それでも何がやりたいのかは意朴に伝わったようだ。
「あぁ、俺の斬撃は当たらなくても、とてつもない突風を作り出せる。頑丈そうなやつには直接斬撃を当てて、他の奴らは突風で吹き飛ばせばいい」
「それでいきましょう。私は轟さんを信じていますので。もし失敗したら……」
予知する怪能がなければこの作戦が成功することはありえないことを、意朴もよくわかっている。
それでも不安であることが、意朴の表情から分かった。
「勘違いするなよ。俺はお前の友人である前に、お前を護る存在だ。命を懸けてお前を護る。それだけだ。失敗など考えるな」
少し熱くなって勢いに任せてクサいセリフを吐いてしまったが、それでも意朴の表情が明るくなっているのを見て、この仕事の”やりがい”のようなものを一つ見つけられた気がした。
そんなことを心に秘めたまま、俺たちは目的地へ向かって歩き続けた。
気付けばコグレの町の入り口である、大きな鉄門の前にたどり着いていた。
「ここがコグレの町か。警備はかなり良さそうだな」
「このコグレの町は特に平和な街として有名ですからね」
口ぶりからすると、この町に来たのは初めてではなさそうな意朴が、鉄門の前に立つ衛兵と少し会話をした直後に鉄門が開かれ、意朴が町の中へと進んでいくのを俺は立ち止まって見ていた。
俺がついてきていないことに気が付いた意朴は、振り返り俺に手招きしたが俺は動かない。
「どうしたんですか? 早く行きましょうよ!」
意朴が笑顔で俺を呼ぶ。
それでも俺は動かない。
そして俺は門の前の衛兵たちと目を合わせ、一歩下がった。
すると、大きな鉄門はゆっくりと閉じ始めた。
奥にいる意朴は慌てて俺のもとへ駆け寄って来ようとするが、衛兵によって門の外に出ることを止められる。
「どうしてっ、こっちに来ないんですか! 轟さん!」
衛兵に止められながらも、俺に向かって叫び続ける意朴に向かって俺は一言だけ、届くはずのない小さな声で呟いた。
「俺は友人じゃない、お前を護る存在だ」
――ガタンッ。
大きな音を立てて鉄門が閉まると、意朴の声は聞こえなくなった。
俺は意朴に出会って、怪人への考え方を改めることができた。
そして、俺は怪人を護りたいと強く思うようになった。
決してすべての怪人が意朴のように、優しい考えを持っているとは限らない。
それでも、「人斬り」と恐れられている存在として自分ができることは、人から護るということだ。
だからこそ、交友を広げたりはしない。
俺が「人斬り」でなくなれば、怪人を護ることができなくなるかもしれない。
本当の俺を知る者が増えてはならない。
意朴がこの話をしたところで、誰もその話を信じない。
俺があいつの目の前に現れることは二度とないからだ。
そんなことを心の中で呟きながら、俺は鞘の裏側についた紙を手に取った。
「ご苦労だった。これを読んでいるということは、君は護送を成功させたのだろう。急な話だが、君がこの浮世寺に帰ることはもうない。君には怪人を護る仕事を続けてもらう。私の目が間違えたことは一度もない。君ならできるはずだ。つぎの護衛は……の町にいる。ぜひ頑張ってくれ。健闘を祈るよ」
俺は浮世寺を出た時から、鞘の裏側に紙が入れられていることに気が付いていた。
そしてその紙の主が、浮世寺の長であることも。
「意朴とも面識があったみたいだし、あの老人は何者なんだ……」
そんな疑問を持ちながらも、俺は次の怪人のいる街へと歩き始めた。
”怪”人を”護”るために。
~完~
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